☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
明瞭な意識のススメ
識の明瞭な人と不明瞭な人がいる。
意識の不明瞭な人は、「もっとハキハキ話そう」と思いながら、まったくハキハキ話さない、ということを平気でする。
意志が弱いのではなく、意識が不明瞭なのだ、自分の思ったことや決めたことが"自分でよくわかっていない"という状態でいる。
意識の不明瞭な人は、コーヒーカップを洗うことさえ、「コーヒーカップを洗って」と命令されないと、もう自分では何も行動が決定できなくなっている。

あなたは「どうしたい」のか、そして同時に、「何がまずい」のか。
「そうですねぇ」じゃねえんだよ、ピンボケ写真には一切の価値が無い。
意識が不明瞭なのは、一種の病気だから、どうしようもないということもわかっている。
でも、意識は不明瞭で当然ですみたいな居直った態度はやめてね。

グー、チョキ、パー、どれが強そう?

「そうですねぇ」じゃねえんだよ、あなたの意識のことを聞いている、グーならグーをはっきり出せよ、それがジャンケンでしょ。
はっきり答えてね、あなたの意識のことなんだから、はっきり答えりゃいいだけで、力入れて答える必要はないよ。
できるオンナだね | comments(0) |
四分で出来る自己啓発法

標を達成するのはいいことだ。
ただし、自分で決めた目標に限る。
たとえばスイミングスクールで、○メートル泳いだら△級、というような設定があるが、これを目標にするのはよくない。
これは目標ではなく「課題」だからだ、「自分で決めた」目標と「やらされる」課題では性質がまったく異なる。

自分で目標を決めるということの偉大さ。
たまになぜか、「目標」というと、「どうせ到達しないけど、イメージで」という、わけのわからない「目標」を言う人がある。
そんなことには何のスリルもないね、目標というのは本当にそこに到達するから面白いのであって、到達しない目標なんか存在してはならない(馬鹿げているでしょそんなの)。
「自分で決めた目標を達成する」ということの、何がイイのかは、やってみるまでわからない、やった人だけが知っていることがある。

今から四分以内で達成する目標を定めよ。

「四分以内に外出する」とか「台所洗剤の詰め替えをする」とかでもいい、目標を定めろ、そして必ず実現しろ(四分だぞ急げよ)。
それを達成・実現した人だけがわかることがある、それは「あのとき決めたアレが、今こうして実現されたのね」という実感だ、こればっかりは自分が体験するまではわからないことだ。

できるオンナだね | comments(0) |
エロスは特権的である

い女性は、裸で寝転がっていれば男性が飛びつく。
その意味では、セックスは誰だってできる。
けれども、そうした男女の「性欲」だけでセックスをすると、そのときはよくても、後になってなぜか傷ついている。
まるで、つまらない映画を大音量で見せられた後のように、何も残っていなくていやな気持ちになる。

エロスのないセックスをすると傷つく。
性欲はエロスではないし、アダルトビデオやエロ本、グラビアや同人誌もエロスではない。
エロスは「思想」だ、情熱に関わる「思想の体現」がエロスだと言える、ちょうど音楽や踊りがそうであるように。
興奮や性欲、あるいはコンプレックスで鼻息を荒くしても、そこには「思想」がないからエロスにはならない、そうしてエロスのないセックスをすると傷つく。

エロスは思想であり、ゆえに特権的だ。

思想を体現できる人は常に特権的存在だ、指先や唇、あるいはまなざしが肌の上をすべり、ひとつの思想世界を実現する。
「エロい」という言葉は、エロスを誤解させている、性欲やコンプレックスに向けて"露骨に煽情的"であることは、ただ"露骨に煽情的"なのであってエロスではない。

えっちはいいよな | comments(0) |
いささか冷たすぎやしないか

力的、とかそんなことはどうでもいい。
魅力、は確かに必要だけれども、ホンマモンはそれさえ引きちぎっていくようでないと……
理屈を飛び越えて、内心「くっそー」と怒っている、しかもゲタゲタ笑っている、「なんなんだこの人」とアゴがふさがらなくなる、そういうものがいるんじゃないの。
おれはデタラメにやっている、「人間関係」なんて思ったことがない、少女が奥歯をガタガタ鳴らしながら恋をしてくれることぐらいしか自分に評価しない、そうでなきゃタマシイはどうなるのさ。

「こころは胴体にある」ということは、正しいし、そのことへ科学的に取り組むアプローチは実に有効だ。
とはいえ、それで身体とか軸とかが発達してもね、タマシイはどうなるの、この世界に関わる生死はどうなるのさ。
「あなたが生きて存在してくれていることがうれしいの」と、さんざん言ってもらってきた、僕には涙を流す趣味はないし感謝する趣味もない、だからいつも「ああ?」とスゴんでいる。
僕を慕ってくれる女とこの世界のタマシイについて、評論をかますことだけは許さない、「お前が生涯に絶対知りえないことをおれはさんざん体験している」と言いつけるだろう、誰でもそれぐらいのタマシイを明らかにして生きろよ、机は叩くためにある。

「正しいやり方」なんて大不正解に決まっている。

もし僕が「正しいやり方」なんかで女を口説いたら、それは女にとってサイテーサイアクの不快な出来事になるだろう、そんなことでさえ破綻する、「正しいやり方」なんてそんなもんだ。
僕はちゃんと、前もってサイテーサイアクな男性として女性の目に映るよう努力している、それでも一生の出会いだって抱きとめてくれる女がいた、女はそれぐらいの覚悟はしているってこと、ナシにして考え込むのはいささか冷たすぎやしないか。

恋女のマインドね | comments(1) |
ディズニー愛好者はシンドバッドじゃない
「人生は冒険だ」とシンドバッドは歌う。
「人生は冒険だ、地図はないけれど、宝物をさがそう」とシンドバッドは言う、でも地図なしにどうやって宝物を探せばいい?
「こころのコンパスに従うんだ」とシンドバッドは言う、なるほど地図はないけれどコンパスはあると言うのだ。
僕にはシンドバッドの言うことがよくわかる気がする、でもそれはディズニー愛好者の言うことがよくわかるということじゃない。

シンドバッドは航海に行く、ディズニー愛好者はディズニー施設に行く。
シンドバッドは「人生は冒険だ」と言う、ディズニー愛好者は「人生のすべてをディズニー遊びにつぎ込みたい」と言うかもしれない。
僕が行きたいのは冒険の海であってディズニーシーじゃない、僕は満喫がしたいのじゃなく冒険がしたい。
「シンドバッドの友人」と「ディズニー友達」はまったく違うものだ。

シンドバッドはディズニー愛好者じゃない。

あなたは何かの愛好者だったり、ファンだったりするだろうか、でもあなたの生きる日々が「まるでシンドバッドのよう」であれないとしたら……そのことはいったい何なのだろうか。
冒険といっても、何をどうしたらいいのかさっぱりわからない、目の前の世間には何もないように思える、それはまさしく「地図はないけれど」と歌われているもの。
恋女のマインドね | comments(0) |
ヴァギナの熱
ックスが正しく機能したとき、特に女性側に「熱い」という現象が起こる。
キモチの問題ではなく、実際に体温が変わるのだ、あるいは体温というより「燃焼」が生じるのか、とにかく実際的に身体が「熱く」なる、お腹や背中にシャワーを浴びたほどの汗を掻いたりもする。
肌は触れただけでわかるほど熱くなるし、身もふたもなく言えば、ヴァギナの温度も本当に変わる、男性の側がそのとき「うわ、あっつ」とびっくりしてしまうほどになる。
セックスが正しく機能したとき、女性はたいてい蒸気にうつむいて「熱い……」とこぼす、そのことは交合の前からでも起こっていて、抱きしめられただけで「熱い……」が起こることも当然ある。

アダルトビデオで見るセックスはあくまで「撮影」であって、セックスそのものじゃない、それはまるで戦争映画と戦争の実物を誤解するような類だ、そこにあるのはセックスの現場ではなく撮影の現場。
ただわれわれは、アダルトビデオぐらいしか、他人のセックスを知りようがないのだ、どこか脳裏でアダルトビデオがセックスのモデルになってしまっていることは否めない。
だがおそらく僕の見る限り、特に近年のアダルトビデオの撮影セックスにおいては、「熱い……」は起こっていない、だからアダルトビデオセックスの表面上のたくましさを見本に採るのは大きな間違いだ。
単にペニスとヴァギナの摩擦運動にタフになることや、その運動の激しさからハァハァ息を切らすのは、本義的なセックスの熱ではない、タフな運動としてのセックスではいくらエキサイトしてもヴァギナの熱は発生しない、そしてヴァギナの熱なしにセックスをすると男女とも深く傷ついてしまうものだ。

よく見ろ、アダルトビデオの二人は「お熱い二人」ではない。

男女とも、最近はセックスに懐疑的で、それを作業的・処理的に捉えている人が少なくないが、それは端的に言えば「ヴァギナの熱」を知らないからだ、ヴァギナの熱現象を知った後なら、そのことをオナニーと比較するような発想は消失する。
一言でいえば、ヴァギナの熱なしにするセックスは、「できるし、わかるけど、すっきりするだけで虚しい」だ、この虚しさが女性の人生をひどく虚しくしている、すべてのことは「熱い……」を体験しなくては解決しないだろう。
えっちはいいよな | comments(1) |
コミュニケーションと「キモチの暴露」
匹の名もなきシンガーが六本木の地下で歌っている。
彼の素性など誰も知ったことではないことだ、ただ六本木の地下に歌が流れる。
真のコミュニケーションは情報を遮断することで起こってくる。
情報の遣りあいがコミュニケーションではなく、情報を完全遮断することがコミュニケーションなのだ、これはまったく奇想天外の事実。

あなたが何をどう思うか、またはどうマジメか、あるいはどう不思議ふうやセンスのあるふうを演出しているか。
それらのすべては人間の敏感なセンサーに読み取られて「情報」として伝わっている。
「情報」が伝わるとコミュニケーションにならず、単に「底が知れる」という情報解析的状況にだけなって終わる。
「キモチの暴露」は、むしろコミュニケーションを断ち切る、言葉のみならずその態度でもだ、ただ底が知れて終わるのみ。

幽霊が自己説明したら幽霊じゃなくなってしまう。

幽霊――どーせ存在しやしないにせよ――は、"情報がない"からコワイ幽霊なのであって、「○月○日に恨みを持って死にましてね」と自己説明されたらもう幽霊ではなくなってしまう、それはコミュニケーションの終わりだ、もう何も伝わってこない。
自己説明する幽霊が出てきたら、それはもう何もコワクなくて、単にメイワクなだけだ、そうなってはいけない、幽霊でありたければあなたは自己説明をしてはならない、キモチの暴露はコミュニケーションじゃない。
正しく見ないとな | comments(0) |
勉強、詳しくなる権利

していないのに詳しかったら気持ち悪い。
酒を愛していないのに酒のウンチクだけ蒐集していたら気持ち悪い。
京都を愛していないのに幕末にだけ詳しかったら気持ち悪い。
人を愛していないのに人文学にだけ詳しかったら気持ち悪い。

インチキの勉強なんかやめちまえ、そして愛することを増やしてしまえ。
膨らませるのは知識じゃなくて愛だ、愛しているものに自然に詳しくなることを正しい勉強というのだ。
酒を飲み、メシを食い、異性と寝ることを愛せ、そのうえで飲み食いとセックスに詳しくなれ、それで初めて「知っている」になる。
ムツゴロウさんは動物博士じゃない、動物と生命を愛するうちに詳しくなってしまっただけだ、だからあの人は動物を「知っている」んだ。

図鑑を抱いて寝なかったら勉強じゃない。

プロイセンの歴史を勉強する前に、深く眠ってプロイセンの夢を見ろ、大切でないものに詳しくなるな、知識の不要在庫なんか誰が愛せるものか。
紅茶を飲んで音楽を聴き、ウッヒョーと悲鳴をあげろ、そのときあなたは紅茶と音楽に詳しくなる権利を得た、耳と唇でその権利を得たのだ。

できるオンナだね | comments(1) |
セックス不信時代

ホな男が女に乱暴をする。
乱暴のパターンは大体決まっている。
車に連れ込む、山の中に連れていく、薬を盛る、恫喝する、集団で取り囲む、終電をなくさせる、携帯を取り上げる、裸の写真を撮る、経済的に依存させる、孤立させる、などだ、根本的に田舎者がやる。
女に乱暴する男が増え、大きなセックス不信の時代が来ている。

こうして暴力的技術で性交されると、精神は混乱し、その不協和から、間違って女性が当の男性を「好きになった」と誤解することもある。
そうなると、男性の側はその暴力的技術のやり方に「味をしめる」という救いがたい状況になる。
「好きになった」と誤解した女性は、身体が冷え切り体調が低下し、「なぜか黒々とした穴があいた気持ち」になり、めまいや肌荒れやその他不明な疾患を起こしたりもする(声が引きつり、これまで好きだったものが好きでなくなったりする)。
「もう男性と関わりたくないの」「男の人といると一秒も油断できない」「地雷が多すぎて、地雷が大半というならもう男の人なんか要らない」とある女性は悲しんで言った、この軽薄な僕でさえ怒りを覚えずにはいられなかった。

定番、勇敢でない男は暴力を選ぶ。

なぜなら男性にとって、正面から口説くこと、およびフラれて身を引くことのほうが勇敢さを要するからだ、勇敢でない男は自分を救済するために暴力を選ぶ、自分には痛みがこないことばかりを彼は選択する。
本人は鼻息を荒くして、「なにがなんでも」と手を尽くすので、そのときの自分が強いと誤解して陶酔しているが、サイテーの思い上がりだ、勇敢な男なら痛み上等、女の子が笑って歩ける帰り道を用意してやるものだ。

正しく見ないとな | comments(0) |
世界機能とアイドルX
章など存在しない。
存在するのは世界だけだ。
拡散せよ、認識の枠に取り扱われない宇宙だ。
かわいいアイドルXは、「かわいい」と認識される、けれども女の子という存在はどこにもない。

僕は神だ、むろん僕の所有する宇宙においては神だ。
これは「認識」とは異なるので、他人の認識において僕は神ではない(当たり前だ)。
世界が存在する(認識の枠ではなくて)ということは、僕に世界機能があるということだ。
世界は淡々と存在している、アイドルXはかわいいが女の子ではないので浮いている、僕は世界機能を淡々と持ち、よって神だ、誰もがそうであるらしいように。

存在なら宇宙いっぱいにまで。

宇宙=世界=世界機能=神=神なら宇宙いっぱいでしょ、なんだから、存在するのは世界=宇宙だ、そして宇宙の端っこまで何かしらの世界であるはず。
文章など存在しない、存在するのは世界だけだ、そしてそれは世界機能だ、宇宙いっぱいだ。
正しく見ないとな | comments(0) |
| 1/271PAGES | >>