☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
パーティ報告69(2)
回のパーティはなぜか特にごきげんで快適だった。
僕はアドバイス的な発想はやめてしまった、それは新しい関係のためでもある。
「関係」ということが話され、その話はみんなに心地よく、また単純に重要なこととして滲みていったふうだった。
「成り立っている関係というのは、見ているだけで気分のいいものじゃないか、そのみんな大好きなものが、枯渇しているってわけだ」と僕は話した。

昔話などをして、僕と友人がどういう「関係」だったか、僕と先輩が、僕と後輩が、僕と恋人が、どういう「関係」だったかを話した。
成り立っている関係というのは、見ているだけで気分のいいものだ。
僕が先輩にコキ使われるのは、そういう「関係」として、(大変ではあったけど)気分のいいものだったし、僕も後輩をコキ使うときには、そういう「関係」として気分のいいものでなくてはならない。
今多くの女性はきっと、女性という「立場」と「役割」を、「我慢」して引き受けているのだと思う、しかし「我慢」して家事を担当している奥さんは数ヶ月で旦那を投げ飛ばしたく思うだろう、それは当たり前のことだ。

「おいハイボールがねえわ」と僕が言うと、彼女は「あ、はい」と腰を浮かせた/戻ってきて彼女は、「このほうがずっと楽」と言った。

もし僕が、「ハイボール注文してくれない?」「あ、はい」「ありがとう」なんてやっていたら、必ず彼女を疲れさせただろう、そんな厚かましい「お願い」をするぐらいなら自分で立ち上がって注文しに行けばいいのだ。
「自分から"関係"を持ちかけていく、そういう仕手をする、得意なやり方を持つべきだ」と僕は話した、それぞれの納得と共に、「でもすごく勇気が要る」と彼女らは畏れて話していた。
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パーティ報告69

「まとも」に生きていこう、ということを話した。
「かといって、今世間で言われている"まとも"をなぞろうとすると、われわれはブッ壊れて、まともではなくなってしまうので……」
「ありとあらゆる手段を駆使して、いろいろインチキをしてもいいから、われわれは"こころある"まともな生き方をしていこう」
「自分が生きていくのに、怨恨を残すのはイヤだもの」……まともに生きていこうねという繰り返しの話は、そのたび滲みとおるように受け取られた。

「環境、はヨソの誰かが影響する、この世界は陰謀に満ちているかもしれないし、放っておいてもイージス艦をコンテナ船にぶっつけるというようなヘマをやらかす、そんなもんはわれわれはどうしようもない」
「しかし、その環境の中でわれわれが何を発するか、それは完全に自分の責任なんだ、100%自分の責任として、われわれは自分の声を発し、自分の振る舞いを発している」
「この、100%自分の責任というのは、何かを背負わせようとしているのではなくて、一種の快楽なんだ、100%自分の責任ということがわかると、自動的に腹の全体にフツフツ湧き出るものがあるんだよ、これがスゲー便利なんだ」
「そもそもおれは、誰に対してもシンドイことなんか勧めないものな、おれは必ず楽なほう、解放のほうを勧めているよ、100%自分の責任ってことは、100%""自らに由る"ってことなんだ、それを字義通り"自由"というんだね」

ありとあらゆる手段を駆使して、「まとも」に生きていこう。

ある女性は、その翌日に就職面接があったのだが、面接を済ませてきて「案外悪い気分じゃなかった」「自分は一生身内でブツブツ文句を言いながら暮らしていくのだといつの間にか"思い込んで"いた」と連絡をくれた。
僕はヴェーダ哲学におけるウパニシャッドが説く梵我一如のことについて話したが、同時に「かといって、それでおれのブラッドボーンの腕前が上がるわけではないしな」とも話した、「まとも」という奥深い中庸が人間を一番健全に満たすのだと僕は思う。

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第69回Quali's Party[6月17日(土)]無事盛会!

6/19 Quali tweet> えっ? パーティが終わってからポスター制作を!? Pls entry.

joined: ひろみ、りさ、こりん、あきら、まなみ、まいこ、くおり
date:2017.06.17(Sat) in Harajuku

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おかげさまで無事盛会でした! 次回もよろしくお願いします。九折

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パーティ報告68(2)
ーティが終わるたび、もっとたくさんの人が来てくれたらいいのにな、と思うが、人を呼ぶナイスな方法なんて特にないので、まあしょうがない。
もっと気楽に来てくれたらいいのな、と思いつつ、僕が読む側の立場だったら、行かねーんじゃねえかなとも思うので、まあこれといって打つ手はないのだった。
完全にヒマだったら行くかな? と考えたが、そうでもない、行くかどうかは当人次第というか、当人の「活気状態」によると思う。
僕自身に置き換えて考えた場合、そもそも土曜日の夜に新しい場所に行ってみるということ自体、相当な「活気状態」になければ発想しないのだった、まあ全体的にそういうムードになったらいいのになあと、とりあえず夢想している。

思うに、当パーティは、「休日はわりと一人でこっそり美術館に行く」というような人に向いていると思われる。
人間のタイプは大別すると、エンジョイ派と感動派に分かれると思うが、完全なエンジョイ派の人はさすがに合わないだろう、当パーティはまったく大騒ぎするための催しではない。
異性にモテるくせに、デートの誘いを断って休日はこっそり一人で美術館に行ってしまうというような人は、芸術のもつナゾの力に「ううむ? んんん?」と引き寄せられたままなのだから、そういう人には向いているだろう。
袖すり合うも多生の縁だと、冗談でなく思うので、ダサい言い方だが出会いの交差点は必要だ、「あのときあの人とすれちがった」ということはしばしばかけがえのないものになる、そういうのがとってもいいよね。

わかっているくせにこない奴は、考え方を変えるように。

もちろん、ややこしい奴というか、万事がちゃんとしていない奴は来るなよ、そんな奴は来たって叩き出すだけだからな/なんだってフツーの充実から始めようじゃないか、フツーの充実を否定する奴には用事はないぞ。
本当の問題があるとすれば、人々が活気状態でなく断片状態に向かっていることが本質的問題であって、僕はできたら活気状態へ寄与するほうに属したいのだ、というわけでまた来月もやりましょう(よろしく)。
 
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パーティ報告68
"本性"を知ってガッカリした、ということがよくあるらしい(おれのことじゃないぞ)。
女性が男性の誰かに対して、その"本性"を知ってガッカリしてしまった、ということがよくあるそうだが……
とはいえそういうとき、「じゃあ自分の側の"本性"はどうなんだろうな」と訊かれてみると、そちらはそちらで「たいがいだ」ということがよくある。
僕はさしあたり、「"本性"で付き合うとかいうのは、思われているよりカンタンなことじゃねーよ」と、年長者ぶって言うしかないのであった。

セックスが原因で男と別れるということもよくある(よくあるそうだ)。
それについても僕は、「そーゆーのはむつかしい、セックスとかは思われているよりむつかしい」とでも話すしかない。
何もかも、つまり仕事も生活も、恋あいもセックスも、学問も技術も、あるいは料理や車の運転でさえ、すべては「思われているよりずっとむつかしい」だろう。
それらを、一応できている「ふう」にすることは誰でもできる、でも本当にそれを会得して営むのはとてもむつかしいことだ/いいじゃないか、むつかしいのだから難儀してあたりまえだ。

計画的に難儀しろ。

バーッと一気にいけるときは、一気にいけ、諸事情からじっくりいかねばならないときは、じっくりいくべきだ、それを無計画にするのはただのクラッシュにしかならず、勇敢な足取りとは言えない。
哀しい話の逆、「セックスで付き合ってしまい、本性を知って感動した」なんてストーリーがあれば一番いいな。
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第68回Quali's Party[5月20日(土)]無事盛会!

5/22 Quali tweet> 夏だぜ〜 pls entry

joined: ひろみ、こりん、まいこ、しおん、あきら、かなみ、はるな、くおり
日時:2017年5月20日(土)19時〜23時 場所:原宿竹下口交差点DinningBar CLIMB


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おかげさまで無事盛会でした! やっぱり夏の夜っていいな!!
皆様のご参加を心よりお待ち申し上げております。 九折

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パーティ報告67(2)

ーティにて、ある人は僕のことを、「きわめて強靭な、まともな人」と評した、「実はまともな人で、ただ異様に強靭なだけなのだ」ということで。
その評はたぶん当たっていると思うし、僕もそのようでありたいとしか思っていないし、またその評者が自身のことについて「まともになりたいんです」と自己評価したのも、当たってはいると思う。
僕は、僕の評されたことの逆、「ひどく軟弱で、実はまともでさえない人」という存在を第一に忌む。
では「まとも」とはどういうことなのか? ということになるが、僕は「まとも」ということはすなわち「文化」を所有しているということだと思う、「まとも」ということは単に精神性に根差されはしない、文化がなく自己精神しか持たないものは「まともじゃない」と僕は考える。

「文化」=「まとも」、それはつまり、あいさつや言葉遣い、他人への配慮や思いやり、敬いのこころ、年長者と年少者、男女が互いに向け合う節度を持つ、といったようなことへ結び付く。
落ち着いた声で、わかりやすいように話し、適切な話題を選ぶこと、またそこにジョークやユーモアを挟みこんで和合の足しにすることなど、それらは当然「文化」に属する振る舞いだろう。
この「文化」を、情報として知っているだけで、実はまったく身についていないという人が少なくない、そういう人は「まともじゃない」と僕は感じる。
作り笑顔でウソの声を出している類は、「文化」とはまったく感じないし、かといって思いつめて沈黙したり吐き出したりしているのも、「文化」とはまったく感じない、そうして文化を所有しない者がいくら精神的に加熱しても、それはただ「まともじゃない」という印象しか僕は受けない。

「まとも」であることが、最大かつ最低限の魅力だ。

四年前の八月に、僕は「まとも」なものが保持されることに寄与したくて、パーティ企画を再開した、以来43回にわたって、ひたすら「まとも」ということのありようを、実物として示し続けてきたつもりだ。
「キモチが大事なのよ!」と、誰が言い出したのだろう、人は文化なしにまともにはなれないのに/僕はそういう不毛なキモチ合戦に加担するつもりは一切ない。

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パーティ報告67
ーティの前日あたりから、やや気管支炎の症状があって、パーティ後、体力を恢復するのに時間が掛かってしまった。
現代、日本人はおおよそ無神論の感覚で生きていると思うが、ここ数年は、無神論に加えて「無性論(むせいろん)」の感覚があるのだと思う/「カミサマ」を馬鹿くさいと感じるように、「オトコ」「オンナ」を馬鹿くさいと感じる状態のことだ。
男女という性別が、ノンフィクション上にあるのはやむをえないことだが、それぞれが「男だから」とか「女だから」とかいう性的なストーリーを生きてはいない、これは無神論になぞらえて無性論と呼ぶことができる。
無性論の感覚で生きる人間は、何も悪くないが、どうやら「自己を追求する」という動機そのものも消失してしまうようだ、今回は「無性論者は自己の追求を放棄する」という発見が得られた。

かといって、もちろんこのご時世に「オトコ!」「オンナ!」「セックス!」なんて求めている奴は、気色悪いに決まっている、たいていそこに思い描かれているのは性愛ではなく性癖のセックスだからだ。
とはいえ、自分が生きるのに、カミサマもなければセックスもないとなれば、あとは娯楽と労役と納税しか残らないのだが、娯楽と労役と納税だけであと四十年生きろと言われたら誰だって生きる気をなくすだろう。
「神業にいたる必要はないけれど、神業に至っていないものを"評価"するべきじゃない、"評価"なんかもらわなくても生きていけるだろ? 要りもしないものを求めるのは厚かましいよ」ということを話した。
生きるための業を「生業(なりわい)」といい、それにとどまらない神がかりの業を「神業」というのだが、出来ることなら生業の料理人より神業の料理人に、メシを作ってもらいたい、そういうメシが食いたいんだよな? そこをフェアに行こうぜということを話した。

僕が翌朝まで話し続けるのをやめないのは、そういう強さを自分に追求しているからだ。

たかだか酒の十杯と、十二時間ぐらいで、脳みそがヘバっていてどうする、最初から最後までおれは完全に面白くないといけない、と、僕は自分を追求している、人に勧めるようなことではないが僕自身はそうしている。
十二時間どころか、けっきょくほぼ二十四時間話し込んだわけだが(翌日の18時まで話していた)、ちょっと気管支炎のせいで最後はヘバったところがある、こんなんじゃ弱いなと僕は納得できずにいるのだった。
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第67回Quali's Party[4月15日(土)]無事盛会!

4/18 Quali tweet> けっきょく24時間話し込んだ。体力の回復がおぼつかない。 pls entry

Recent entry: (準新)はるな、ひろみ、りさ、ちひろ、まいこ、まなみ、かなみ、こりん、つかごん、くおり
日時:2017年4月15日(土)19時〜23時
場所:原宿竹下口交差点DinningBar CLIMB


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アップロード:(六日目)怒りの日、疑う胴体が失ったすべてのもの

本体サイトにて掲題の記事アップしました。ご笑読ください。

→「(六日目)怒りの日、疑う胴体が失ったすべてのもの」
(pdfファイル、A4サイズ94頁)

→本体サイトはこちら

九折

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パーティ報告66(2)
大していけたらいいな、次回は四月だし……
拡大していく、ことはできるのだが、なにぶん僕一人のエネルギーや労力では制限がある。
いや、エネルギーはいくらでもあるのだが、どうしても、費やせる時間が足りなくてな、まあそこはidea次第なのかもしれないが。
拡大していくということは、有益でなくてはならないが、有益性を追求することは、しばしばひどい無益を生む、有益というのはもっと穏やかなモンだからな。

人は楽しくないといけないし、それ以上に穏やかでないといけない。
周囲を見れば誰にでもわかるように、人は、真に楽しくない人ほど、穏やかでない、という状態になっている(身もふたもないな)。
人は楽しくないときに、助けてほしくて誰かに頼ろうとするのだが、それはタチの悪い甘え型の「暴れまわる」だということに、ハッとして気づかないといけない。
周囲を見れば誰にでもわかるように、真に楽しくない人ほど、暴れまわっているのだ、だから穏やかでない、穏やかでないから有益でない、それで有益性を求めて暴れまわるという悪い循環に陥るのであった。

そーっとすれば、拡大できる。

これはいかにも発想の転換だが、真実だ、人は暴れまわって縮小していく、まあ縮小も別に悪いモンではないが。
暴れまわるのはけっきょく、自信がないからなのだろう、自信がない人が拡大されちゃそこそこに迷惑だわな、まあそんなわけでこの春もそーっとおいしい時間を拡げていってしまおう。
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パーティ報告66

だって真剣で熱意のある奴が好きだ。
真面目で深刻な奴のことは好きじゃない。
この違いは何なのか、といって、解明するとわりと身もふたもないところがある。
三月の下旬は本当にあったかくて、春なのでやけにお腹がすくな。

「プライベートヘコみ」と「ワークヘコみ」があって……
このことがまったく重要なのだ、プライベートヘコみをする奴はどうしたって「許されない」という憂き目に遭う。
なぜかといって、関心の向いている先が違うもの、関心が「自分」に向かっているので、ミスやチョンボや無能について「自分」がヘコむ、これは許されない。
プライベートヘコみをする人は、実はまるで真剣でなくて、目の前のワークの出来栄えなんかどうでもいいのだ、「自分の出来栄え」にしか関心がない、だから「ふざけんな」と攻撃を受ける。

「おれはダメな奴だ」という、その関心の方向が許されない。

これ、正当なアドバイスなのさ、気づいてね、「ダメなおれ」で困るのはおれ一人が困るのだけど、「ダメな仕事」だと困るのはみんなが困るわけよ、そのことに関心が向いていないと周囲は激怒を覚えるわけ。
全部バレているわけ、目の前のワークについて本心で「どうでもいい」と思っているその本音がバレている、だから許されないわけだ、みんなワークを成り立たせたくて真剣なのに、一人だけ自分を成り立たせたくて真剣というのじゃ、そりゃあシバかれて当然だよ。

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第66回Quali's Party[3月18日(土)]無事盛会!

3/20 Quali tweet> 鶏ガラスープの材料を買いに行くぜ。 pls entry

joined: ひろみ、りさ、ゆか、つかごん、くおり
日時:2017年3月18日(土)19時〜23時
場所:原宿竹下口交差点DinningBar CLIMB


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おかげさまで今回も無事正解でした! 次回もよろしくお願いします!
全然関係ないけど、春って異様にお腹すくよね。 九折


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第65回Quali's Party無事盛会!

2/20 Quali tweet>かなやさん&わたなべさん、ごちそーさんでしたアリガトー 。 pls entry

joined: ひろみ、デイブ、あきら、ゆか、わっきー、つかごん、くおり
日時:2017年2月18日(土)
場所:原宿DinningBar CLIMB
おかげさまで今回も無事盛会でした! 次回もよろしく! 九折

 

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パーティ報告64
「今の自分がかわいくないと思うなら、思うだけじゃだめ、"戦わないと"いけない」と僕は言った。
彼女はそれをよろこんで聞き、二分後、ずっとうれしそうなまま、「ねえさっきの、もう一度言って」と言った、彼女は確かめたがっていた。
自分はどんな人間なのか、また目の前の人はどんな人なのか? 「そんなのは、その人が戦うまでわからない、戦っていない人に『どんな人』もないよ」。
「その人がどう戦うかで、その人がどんな人なのか初めてわかるのだから。勇敢な人、卑怯な人、ideaのある人、粗雑な人……」。

人間には世界を体験する能力がある、僕はその能力を仮に「世界機能」と呼んでいる。
世界機能が、現実にビタッと張り付いているとき、世界はそこにあり、世界が体験される、ひとつの町、一月の梢に木漏れ陽などが体験される。
ところが自分と世界との間に膜や壁が張られたとき、世界機能は捉えるべき対象を失う、世界機能は「壁」の前に空転する。
壁があり、捉えるべき対象がないので、世界機能は壁に空想の「イメージ」を描き始める/俗に「イメージが膨らむ」というのは対象を失った世界機能が迷走した結果にすぎない。

戦いが見えない人は、すべからく情緒不安定になる。

逆に言えば、情緒不安定の原因は「戦いが見えていないから」とも言いうる、誰だって口に出してみればわかる、「戦わないと」ということ、その正気さ。
当パーティは正気の戦いにまっとうな人間を見るものです、来月もよろしく。
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第64回Quali's Party無事盛会!

1/23 Quali tweet> すがすがしい朝だった。次回もよろしく。

日時:2017年1月21日(土)
場所:原宿DinningBar CLIMB

 

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平成二十九年のラ・ボエーム
――あなたは神様を信じるだろうか?

「平成二十九年のラ・ボエーム」を本サイトにアップしました。


みなさま今年はお世話になりました、来たる新年もどうぞよろしく。
(というわけで大急ぎで酒を飲みに居間へおりる、「笑ってはいけない」を観るのだオレは)

九折より
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パーティ報告63
「堅実に生きていくってのは、大前提で約束だよ、生きていくってのはそういうことなんだから」と話した。
「堅実にってことは、やけくそにならないってことだ、たとえば何かを思いつめて『就職活動しませんでした』とかいうのはアホのヤケクソじゃないか、そういうのはナシだよ」と言った。
「やけくそになるなんて、一番弱いことで、やけくそになった人は自然にトラブルを起こすよ、交通事故とかね。だからこそ『そういうトラブルで人生観を作りたくねぇ〜』『クソだ』って思うんだ、それでこそ運が向いてくるから」。
「で、堅実に生きるってのは約束だよ。その意志決定の上でだ、それでもただ堅実に生きただけじゃ、自分が生きたことにはならんわな。そこでどうする? シンプルな話なんだ、堅実に生きた上で、プラスアルファをいよいよどうする?」。

五歳から十五歳が、少年少女期、十五歳から二十五歳が、いわゆる青春期だと思う、二十五歳ぐらいまでは社会人としてもほとんど使い物にならない新人だからね。
それで、年長者としてわかることがあるんだけれど、十五歳から二十五歳までに何かを掴んだ人は、二十五歳から先に"やることがある"んだよ、「十五歳〜二十五歳」から「二十五歳〜三十五歳」に、"リレーがつながった"と言える。
で、厳しいけれど当然の話としてね、「十五歳〜二十五歳」に何かを掴めなかった場合、二十五歳から先はもう「やることがない」んだ、これは厳しいけれど当然のことでね、二十五歳から先に「やること」があるなんてすごく恵まれた人なんだ、優秀な人なんだよ。
「十五歳〜二十五歳」に何をすればいいか? それは「手がかりを掴む」ことだと思う、「十五歳〜二十五歳」のうちに何かを"為し遂げる"なんてふつうできないからね、そうじゃなく手がかりを掴む、何が手がかりかといえば、"自分の持っている以上の能力が出た"という瞬間のことだよ。

自分を破壊して、一瞬「自己」を掴む、それが青春期「十五歳〜二十五歳」。

続いて、一瞬だけ掴んだ自己を手がかりに、今度はその自己を拡大して当たり前の「土台」にしていく、それが二十五歳〜三十五歳だ、その先にさらにリレーがつながる人はよっぽど優秀な人だろう。
堅実に生きなゃいけないが、堅実に生きただけじゃ自分が生きたことにはならない、さあそこで「自分が生きる」ためには自己への意志決定をしなくてはならないが、この意志決定をしないことを「やけくそ」という、人はしばしば沈黙というやけくそを選択する。
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第63回Quali's Party@原宿!

というわけで、第63回のQuali's Partyもやります!
やります、が、もうアレコレ忙しすぎてなぁ、今回は新規参加者の募集はナシです、いつものメンバーでただの忘年会にさせてくれ。
どう考えても今年の一年、特に後半は、無理しすぎたんだよ!! 手が回らん、もう年内は店じまいだ!!
というわけなので、また来月よろしくね、来月、つまり来年の1月21日(土)にまたやるのでよろしくね、たぶんまた原宿でやるでしょう。

こうしてまたパーティもワークショップもやるので、まあ懲りずに遊びましょ。
時代の流れなんか感じていても、運気が落ちるだけだからね。
遊び続ける根性のあるヤツだけが生き残るのだ。
ではでは、メリークリスマース(投げやり)。

九折より
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パーティ報告62

生日月ということで、巨きな花束をもらってしまった、そしてモンサンクレールのケーキも美味かった、ありがとう。
何人来てくれたんだっけ? 覚えていないが、感謝はしているのだ、こんなていたらくで申し訳ない。
その他にも色々あった気がするが、そんなものはどうでもよく、誕生日を祝われたということで十分だ。
その他の色々は、あったかもしれないけれど、あんなもの何かあったことのうちに入らない。

けっきょく僕は、自分を曲げるつもりがないので、世相を知ってもしょうがないということがあり、つまりは世相のすべてに興味がないという結論に行き着く、これまでずっとそうだ。
世相に興味ゼロで、ただ自分を貫く……そんなことが可能なのかどうか? という、その問いかけにさえ興味がないのだった。
僕はかわいい女の子を隣に置いてお酒を飲むか、かわいい女の子を隣にほったらかして花火を見上げるか、そのどちらかしか興味がない。
つまり、仮に参加者が僕だけになったとしても、僕はパーティ企画を継続しうるということだ、だって僕のやることが他人の動向で変化したらいかにもヘンだからね。

他人に冷たくしないということは、他人に興味を持たないということだ。

他人に興味なんか持ったら、どうせ他人の調子に合わせていくだけになるだろ、そしたら彼女は僕という面白い奴に出会えなくなる、世界でこれほどかわいそうで冷酷なことはない。
僕が隣の女の子を好き放題にいじるのは、興味がないからいじっているのだ、興味があったらセクハラじゃないか、当パーティではセクハラとかいう悪臭の行為は固く禁じられているのでどうぞよろしく。

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