☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
【単発】◆日常に使えるフィクション講習会 〜フィクションクライシスに対抗する〜【突発】

ども、九折空也です。
日曜日、ちょっと板橋方面に出かける用事があるので、それに合わせて掲題以下、突発企画です。
参加ご希望の方は、こちらのフォームからエントリくださいませ。(エントリフォームのタイトルがビミョーに違っていますが転用なのでお気になさらず……)
小さな会議室で、どうせ僕のことなので、レクチャーは非常にルーズなムードで展開すると思います。
そのかわりガチでエグいマジのワザを見せてやるからな!! 面白けりゃ何でもい(ry
まあ日常に使えるフィクション技術というと、代表的には会話にこっそり入れる落語のような技術です。それ以外にも勿論あるけれど。
よろしくお願いします。
九折空也より


◆◆◆日常に使えるフィクション講習会! 〜フィクションクライシスに対抗する〜◆◆◆
日時:2018年1月21日(日)17:00-19:00
場所:東京都板橋区南常盤台1-11-6(レンタル会議室)
持参:筆記用具
費用:500円(会議室レンタル実費)

▼実用的! コミュニケーションの円滑と楽しさは、実は随所の「フィクション」の機能で成り立っている!
1.そもそも「話す」「伝える」とは? 何が重要で、本当は何が楽しいのか
2.「ウソ」と「フィクション」の違いは? なぜコミュニケーションに「フィクション」が必要になるのか
3.オドロキ実演! 実際に使われる「フィクション」の絶大な効果
4.「フィクション」を実用するコツ、これさえわかればあなたは一生「退屈じゃない人」になる
5.わざとらしい人にならないために/人は「キモチ」ではなく「見える」ことをよろこぶということ
6.「言葉」と「フィクション」、なぜあなたの会話は「ダベる」ばかりで「言葉」にならないのか

以上

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No.374 平成最後のヴィーナスたち
掲題のコラム、本サイトにアップしました。

No.374 平成最後のヴィーナスたち

よろしくお願いします。正月気分が抜けません。九折空也
 
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コラムNo. 373 二〇一八年の文体回帰
掲題のコラムを本サイトにアップロードしました。

コラムNo. 373 二〇一八年の文体回帰


みなさま、よいお年を!!(まだ晩飯も食ってねえええ)

九折空也
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パーティ報告75(4)

し立てしてもしょうがないので正直に言うが、参加者の一人が劇団に入っていらして、たとえば次の講演で担う役のセリフとその言い回しがどんなものかというのを実演してもらった。
演劇というとフィクションだから、僕はそのセリフひとつを取り上げて、彼女がこれからやっていくのに役立つように、いくつか年長者の実演を返してみせた/「原理的にここをこうすると濃くなる」「こういうバリエーションもあるね」「ここは言霊を使いたいなあ」というふうに実演のいちいちを説明しながらする。
僕は演劇の経験なんかゼロだが、まあぶっちゃけて言えば、その場で急にやった実演のクオリティが、ぶっとびで高かったのだろう、そりゃこっちはもう十年ぐらいフィクション世界の中に生きているので……それで見ている側は言葉を失う感じになるらしい、なぜ言葉を失うのかは僕は知らない(役立ったつもりだ!!)。
「これが基本っつーか、誰でもこうしたらいいという基本であって、その上で役に魂が入るかどうかは別、そこは実際にやる人間の素質とか根性とかによるんじゃないの、そこはおれがエラソーに口出しするところじゃない」、僕は小説を書く奴であって演劇をやる奴ではないので、あくまでフィクションと胴体の接続において実演と説明をしただけだ、魂を入れるのは実際にその舞台に立つ人間がする仕事だろう(「霊」と「魂」は別物なのであった、説明はめんどくさい)。

その他、あるフィクションのネタをテキトーに作って、ウケるものだから続けていたら、女性陣は涙を流しながら四〇分ぐらい笑い続けた、それは幸福そうでよい光景だったのだが、一方で、「こうしたものに飢えているのかな」とも感じた(感じたというか確信せざるをえなかった)。
何の足しにもならん、アホが得意分野にする「フィクション」だが、誰も彼も追求していくと、この「フィクションへの飢え」があるように思う、特に自分がフィクション世界に接続して遊べないと、そのことは何か深い絶望をもたらしてしまうみたいだ、それでフィクション世界と断絶した者は、どう工夫しても眼と顔つきに「おびえ」が宿る/内部的には苦しみがあるらしい、僕にはわからない。
まあフィクションに接続できないということは、人格が自我だけで構成されて、人格にカミサマや神話世界の成分が混入しないということだから、際限なく苦しいのかもしれない、僕にはわからないが/僕にわかることは、たぶん僕自身が、フィクションへの接続という能力に関してのみは、急に「なんだこいつ」というような異常者のレベルなのだろうということ、まあそりゃガキのころからアホのキャリアが違うぜ。
今ほとんどの人は、今さら恋あいがどうこうなんて正直なところ求めていないだろう、ただ生涯に恋あいなしとかまともな仕事なしとかいうのは耐えられても、フィクション世界との接続を根絶させられることには耐えられないらしい、それで心理的に動転があって、純正フィクションに接続する人間を、あがめるか憎んで殺すかということで行ったり来たりの捻転を起こしている/僕はモテている反面、猛烈で根源的なヘイトの対象でもある、そのどちらとも無意味なのだが、どちらとも心情的に正当なようだ。

みんな、こいつはマジの「先生」なんじゃないかという疑惑を持っており、僕だけがその疑惑を持っていない。

僕は僕自身のことを、本当にゴミムシとしか感じないので、ここのところがタチが悪いのかもしれない、僕としては「ゴミムシでなきゃこんなヘンな能力を必死こいて身につけるかよwww」という言い分で、いつもひとりでハッハッハと笑うのだが、ここだけいつもウケるつもりでさっぱりウケない。
純正フィクションなんか、何も一ミリも偉くないのだし、こんなアホの得意分野なんか根こそぎバカにすればいいと思うのだが、何か「そうはいかない」らしい、僕が「一人アホ劇場」をするのはもう慣れたのでぜんぜんかまわないのだが、かまわないのは僕の側であって他の人の立場ではないらしい/しかし今さら僕がアホでなくなるのも物理的に不可能なので……誰か偉い人がこういうことはビシッと解き明かしてくれて解決するだろう、それまではお手上げということでこの話はオシマイなのだった、また来月〜ノシ。

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パーティ報告75(3)
「フィクション・クライシス」と呼ぶべきシンドローム(症候群)がある。
ノンフィクションとフィクションがあるのは、頭ではわかるのに、身をもってフィクションに接続するということができないという現象だ、このことは多くカルマ的なものに関係があり、「人のことを多数バカにしてきた」「ペニスやヴァギナを侮辱してきた・侮辱されてきた」「身分や知性が下位にあるにも関わらず、上位の者に『教えよう』とした」「浅学において無神論が合理的だと主張してきた」といったことなどから、おそらく生じている。
事実、バカにするべき多数が存在して、侮辱するよりないアホ迷惑ペニスがあったとして、また「絶対にこうでしょ」と教えざるをえない状況があって、さらには合理的には無神論がアタリマエで議論を俟たないのだが、どうやらそれでもなお「やってはいけないこと」があるらしい/過去それは、きっと「戒め」と呼ばれてきたもの。
この戒めを破ってガンガンいくと、わけのわからんカルマ的な現象が起こって、自分がフィクションから切り離されるらしい、「それがどうした」ということなのだが、なぜか人は自分がフィクションから切り離されると、絶望してとても苦しいらしいのだ/この世には自分しかいないと主張してきたのに、いざこの世には自分しかいないとなるとそれが絶望らしいのだ、まったく筋違いのことなのだが、事実そういうものらしいのでここに改めて「へえ」と確認しておく。

フィクションに接続するということは、まあ微弱にも霊的なことなので、頭や胴体がカッチカチだと成立しない、高度に柔軟化した知性や身体感覚にステキな霊がするっと入り込み、「やあ」と駆動する、そのことで人はフィクションの世界につながる。
こんな説明でわかるかよ! という話なのだが、まあ本当にそうなのだからしゃあない、このフィクションへの接続機能が死んでいる場合、人は自我をぶっつけあうか、フィクションの代わりに「キャラ」を押し通すしかなくなる、それで現代の「キャラ合戦」「空気の読み合い」が生じている。
それで何が悪いねん、ということもないが、ただ先に述べたように、なぜか当人はそれで絶望するらしいので、何が役に立つのかさっぱり不明のこの「フィクションへの接続」ということを、やれるようになるといい、ノウハウはカンタンで「自我に硬直せず、知性と胴体を高度に柔軟化して、ステキな霊がするっと入り込む」ということを日常的にやれるようになればいい。
まあこんなことをやるのは、完全にアホのやることというか、事実その意味で僕は完全にアホの人間なのだが、逆にアホの人間なればこそこのことについては一日の長があるとしてアドバイスできよう、こんなことはアホがやることなので、根本的にアホから賢者に「教える」なんてことはできない、「教える」というのはあなたから僕への行為であって、僕からあなたへの行為ではないというのが僕のアドバイスだ(なんのこっちゃ)。

イケメン、キモオタ、リア充、ぼっち、インスタジェニック、勝ち組と負け組、ニートと萌えと、社会人とインフルエンサー、クリエイティブと自己実現、これらのすべては非常にリアルであり、フィクションの気配がない。

事実、おそらく僕のような極点にあるがごときアホは、これらの現代用語群の指し示すところに当てはまらない、僕がイケメンというのはウソだし、僕がキモオタというのもウソになる、僕がリア充でもぼっちでも、インスタジェニックでも勝ち組でも、全部「ウソ」になる、それがアホ特有の「フィクションの気配」という性質だ。
フィクションの現れを、ノンフィクションの側から研究考察することはいくらでもできる、でもそれは何の足しにもならないからやめておこう(単なる労力の損だ)、僕は碇シンジくんを見ると後ろから尻を蹴りたくなるが、その監督や作画者を蹴りたくなったことは一度もない。
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パーティ報告75(2)

形的な報告/今回は会場の都合で、二時間のカラオケから始まり、ダイニングバークライムで飲み、けっきょく朝まで飲み、一応そこでパーティは終了、といってもその後またファミレスに行ってしまい、その後さらに宇田川カフェ系のおしゃれなカフェに行き、夜の19時までくっちゃべっていた、つまり24時間ぶっ通しで遊んだ。
だって誰もくたばらないんだもの……今さら主張するのもしつこくてつまらんが、人は正しく遊べば24時間ぶっとおしでもヘーキなのだ、もちろんその後は全員が泥のように眠ったと思うが、その後はきっと「疲れた」ではなく「回復した!!」になっていると思う。
本来こういったことは、僕のような老人が牽引することではなく、大学生のお兄さんか社会人としてまだフレッシュな若手が牽引することで、僕のような老人がこれをすることは基本的には醜鬼の感じがあってよくない/といっても僕がすっこんでいても何も利益はないので、まあぼちぼちやることに決めている、24時間のうち23時間半は僕が話していた。
何の話をしていたかは、覚えてはいるが、思い出すのがメンドウだなあ……ということで、まあ何かとてもイイ話をしていた、というのはたぶんウソだが、まあつまらん話をしていたらさすがに24時間も無理だよ、つまらん話って24分だけでも相当ツライし疲れるものな。

「男性はゲジゲジ虫みたいなもの」という僕の主張に反論があって、7分に亘る討論の末、「知性のない汚辱ペニスオバチャンが迫ってくる感じ、と捉えるほうがふさわしい」という見方が提出された。
これは何も男性だけを非難しているのではなくて、「女性側も内実は似たようなもんだわ」という見方も提出されている、だからペニスが生えているという一点だけが状態を不均衡にしていると言える/ここでペニスの切除や本質的な改変は有為な一手だということが見えてくる。
ペニスの切除や改変、つまり「オカマが救世主たりうる」「確かに! オカマが女性を教育するほうがしっくりくる」ということ、ホモセクシャルが善の一手となりうるということ/確かに、全男性がホモセクシャルになればこの世のうっとうしさは大きく改善されるし、またそうした教育を初期のころからほどこして成り立たせていくのはまったく不可能ではない。
「ただ、今のこの話、古代のアヌビス神殿の中でやれって言われたらできないよなあ」「無理! そんなの絶対、呪われるか裁きが下って、わけのわからない奇病に罹って死ぬよ」「カミサマが見てたら絶対無理」「さっきからずっと見ているけどね」、キャー怖ーイ、ということで夜は更けていき、朝は明けて来、日は照って、夜のとばりは下りてきたのだった、ずっとジングルベルが流れていた。

女が知った男性=男a,男b,男c……と並べていったとき、有限個数の男性への知識の総和をもって、「男はクソである」と断言することはできない。

女性が生涯に一万人の男性を知ったとしても、それで「男」のすべてを網羅したとはいえないからだ、古代エジプトにも男性はいたし、2018年にも男性はいる/「男はクソ」ということは統計的に推定しうるだけで、しかもその統計の母体は現代の男性に限られている、だから実は「男」とは何なのか、それがクソなのか光輝あるものなのかは、けっきょく単純体験の蓄積からでは決定できない。
かといって、妥当をきわめる統計的推定を無視もできないのだが、それでもなお男がクソなのかどうか「わからない」というのが学門であって、しかしもしカミサマがいるとするならば、たとえばアヌビス神は男がクソか否かについて「わからない」とは答えないのだろう/ところで女のことを悪くいう男はゴミ確定なので七十年に亘りごはんに同量のトイレットペーパーを混ぜて食うこと、んなこたぁ男なら言われなくてもわかっているだろ。

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パーティ報告75

ッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ
他に報告することがあるだろうと理解しながら、いきなりまったく関係ない話。
新しい発見、現代的な空也様、カンパニーネームとファーストネーム、霊と魂。
これからまたイケそうなことが見つかったのでよろしく、これはパーティに来てくれた人も知らんことだが、帰宅してから急に気づいたのだ、ハッハッハッハ。

現代において、「男」のキモチワルサは半端じゃない、国勢調査で男性の自殺願望を調べるべきだし、男性には公的に安楽死を認めてやるべきという気がする、結果的に国は滅ぶと思うが……
結果的に、この二十年の僕のやり方は正しかったと思うのだが、それによって現在のところ、僕は霊的に広がってほとんど女性からは霊体のカタマリにしか見えていないはず/掴みどころがなく「捉えられない」はずだ、魂を表示していないから。
霊とか魂とかいうと、またますますイタい何かになっていってしまうが、まあフィクションがどうこうという話、フィクションとわれわれの「肉」がどう関係しているかという話、肉の身は実際にあるわけだし、フィクションというと小説とか映画とかも実際にある。
僕の実力は、50%まで来たのかもしれない、これからもう半分を頑張っていくのでよろしく、果たして生きることは間に合うのであろーか!!

僕はこれから強くなる。

正直少しカッタルイ気もしなくはないが、これから東京の新しい年を切り拓いていこうとするのに、こういうダサい態度も相応じゃないかと思う、猛烈にキモい点については申し訳ない、ただ一方で「あんた誰?」とも切り返し訊いてもよさそうだ。
ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ ハッハッハッハ

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第75回Quali's Party[12月16日(土)]無事盛会!

12/18 Quali tweet> 24時間やって、24時間寝た。限度プリーズ。 pls entry

joined: ひろみ、あきら、こりん、ゆか、かなみ、まなみ、つかごん、くおり
場所:原宿竹下口交差点DinningBar CLIMB



おかげさまで無事盛会でした! 次回もよろしくお願いします!
24時間ぶっとおしはどうかと思ったがまたあるかもなあ!! 九折

キラキラ次回[1月20日(土)]参加エントリはこちらから!キラキラキラキラキラキラ


→参加詳細はこちらから


宣伝コラム「パーティへの誘い その1」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その2」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その3」はこちらから!
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No.372 「女は男を尊ぶべき」という説

掲題のコラムを本サイトにアップロードしました(クリックで当該ページに飛びます)。

No.372 「女は男を尊ぶべき」という説

よろしくお願いします。九折

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パーティ報告74(2)

「むし」(虫)の話は、新しい切り口だが、一番わかりやすく、よく伝わったように感じる。
「虫の居所」「虫が騒ぐ」という言い方があり、また麻薬中毒者の禁断症状に「虫」を幻視するのもあり、つまり人間の内部には本当に元型的な「虫」が棲みついている/それはミトコンドリアのことではないかと、僕は漠然と疑っている。
人間の内なる戦いは、この「虫」との戦いだし、人間が「わたし」を世界に向き合わせてする学門は、この「虫」を暴き立てて排除していく学門だ。
「いろんなよろこび、のつもりのもの、いろんな楽しみ、のつもりのものが、実は自分の足しにならず、『虫』の足しになってしまうことがあるんだよ、そこを区別しないといけない」

「虫が騒ぐ、という現象がある、虫が『エサをよこせ』と騒ぐわけだね、騒いだら、もうたまらんから、エサをあげる、すると虫どもはいったん落ち着いて騒ぎをやめる、そうすると何か、『すっきりした』とわれわれは誤解するものだ」
「でも、虫どもは落ち着いたふうでいて、実はエサをもらったぶんだけ増殖している、だから次に『エサをよこせ』と騒ぎ出すときは、その騒ぎはもっと大きくなっているんだ、この現象をよく見極めないといけない」
「究極的には、酸素さえそうなのだけれど、『虫』への栄養が経たれると、人は表面上『苦しい』と感じる。でもそれは、本当は虫の苦しみであって、本当の本当には人間の苦しみではないんだ」
「だから、『苦しみ』というのは、本当に苦しいものだけれど、本当はそれは『悪いものではない』ということなんだね、苦しみというのが実は悪いものではないと知ったとき、われわれはちょっとラクになるところがある。いつか死ぬときにも、このことを思い出したらいいかもしれない」

つっても、呼吸しないと死ぬので笑、まあうまいこと塩梅して生きていくしかない。

われわれの呼吸が実は細胞内のミトコンドリアに依存しているということはすでに科学的に周知の事実だが、この虫みてえなものがおっかないとしても、それを絶滅すると(一般的には)自分が死ぬので……まあしゃあない、敗北的呼吸をしつつ、そのまま学門を進めていくしかない。
「虫を絶滅するってのは、たぶん凡人のわれわれには無理だよ、でもなるべくそれが減っていく方向の、軌道に乗せないといけないな、さすがに『右肩上がり』はまずいだろ笑、『虫が増殖して絶好調』というのはさすがにやめよう」

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パーティ報告74
19時から飲み始め、朝の5時までキッチリ飲み(10hours)、そこからファミレスに行き8時まで朝食(3hours)、そこからカラオケにいって終わったのは正午だった(4hours)。
今回は、「なぜ全員こんなに飲めるんだ……?」「徹夜どころかもう翌日の昼なんだが、どうして誰も疲れていないんだ……?」と、誰もが不審がるほどの回だった、しかも今回はおしなべて酒宴も静かに進行したというところが印象的だ。
まあ最後のカラオケではおれがめちゃくちゃに盛り上げてやったけどな!! サハスラーラチャクラ(草)の開いている人間のガチ勢ぶりを見たかよ!!
こういったことが、誇張された冗談だと、いうことにしておきたい、「あなたの先祖は江戸で寺子屋をやっていた」などという霊視(草)が、ホンマに家系図にピッタリ重なっていたなどという話は、いよいよシャレにならなくて草も生えない。

あと、あのときは言い忘れていたが、カラオケで歌っていたとき、あれでエコー(およびリバーブ)はゼロにしてある、イコライザーもフラットだしエフェクターも全OFFにしてある(だからコンプレッサーもかかっていない。はず)。
使っていたマイクはパッシブのダイナミックマイクなので、集音は増幅されていない、マイクはド定番のshure58、いわゆる「ゴッパー」なので、そのへんに特に秘密はない、音楽スタジオならだいたいどこもこのshure58だろう。
だから、あのときのあれが、極力加工を排除した「生声」だと思ってもらって差し支えない、そして19時から朝の5時まで飲み続けた直後の声があれだというのも見逃せない資料になるだろう。
つまり、人間はそんなに弱くない、コンディションにこだわるのは逃避にすぎないし、加工に頼るのは堕落にすぎない、そして僕は誰かに技術を習ったわけでもないので、そのコストもかけていない、よって誰でも「フツー」にできるはずというのが、あのとき見たアレだ、そう考えるとそんなに貧しいもんでもないだろ。

報告:二日酔いも疲労もなし、そして喉もまったく涸れていません。

僕みたいな、音楽的な素養もなければ訓練も受けていない、しかもヘヴィスモーカーが、朝までたらふく飲んで、そのままカラオケ屋でシャウトしまくったとかいったら、常識的にはヒサンな声しか想像されないだろう、けれどもその常識はついに間違っている、有利な常識があなたを勝手に弱いものに仕立ててしまう。
僕はあのようなとき、デタラメ気ままにウヒャヒャとやっているように見えるが、実は内部では(上空では?)非常に緻密な操作をしている、それは酔っ払っていても消えない、むしろ酒もあって僕が消えれば消えるほど、その緻密な操作ばかりが僕を支配するようになる。
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第74回Quali's Party[11月18日(土)]無事盛会!

Recent entry: ひろみ、こりん、ゆか、りさ、くおり
11/20 Quali tweet> ところでfirefoxがアップデートされてfire gesturesが使えなくなって困っている人が多いと思うが、代替にfoxy gestureをインストールして設定をいじればイケるぞ! pls entry


(子曰。

遊而時不作ポスター。

不亦説乎。)


今回も無事盛会でした! 次回もよろしくお願いします!

九折


キラキラ次回[12月16日(土)]加エントリはこちらから!キラキラキラキラキラキラ


場所:原宿竹下口交差点DinningBar CLIMB
費用:男性5000円 女性3000円
参加資格:ブログorサイトのファンであること

→その他詳細はこちらから

宣伝コラム「パーティへの誘い その1」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その2」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その3」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その4」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その5」はこちらから!

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個人的新小岩十周年
説明できないが、今日は個人的な、新小岩生活十周年記念の飲み会だ(現在は目黒区在住なのだがまあ説明はできない)。
制度に縛られていないものを、十年単位で祝えるのは幸福なことだと思う……と言いながら、週末はまたQuali?sパーティなのだった、こっちもすでに5年目に突入している。
今、喫煙所のねーちゃんが、彼氏かどうかわからないにーちゃんと、それぞれの体重と体脂肪率について口論している、これが「楽しそう」に見えるという感覚を、結局僕はわからないままだ。
個人的な十周年記念なのだが、過去を振り返ると共に(笑)、未来についてバカなことを考えてしゃべろうと思う、なぜ未来について考えしゃべるかというと、未来がないと酒がまずいからだ。

まあいいや、時間がないから行ってきます。続きはまたあとで。
アサシンクリードの新作を買ってしまったので時間がないのだ、今週末は例のパーティだからみんな来てね〜(適当)
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パーティ報告73(5)
かしいな、今回のパーティは、正直僕の体調が低迷していて、いまいちキレがなかったと思ったのだが、今回に限って振り返るとやたらに書き話すことが多いぞ、本当はグラセフ4のニコ・ベリックについても話さないといかんのに。
まだまだこんなもんじゃないんだが、いいかげんキリがないのでこのへんにしておこう、これってアレかね、まーた何か知らん現象で、密度が上昇してるってことなのかね(それとも単なる気のせいかね)。
今思っていることは、なぜか今さらになってだが、パーティはこれからもぐいぐいやっていこうということ、もっと前向き&前のめりにやっていいということが、なぜか今回確認された。
ワークショップの需要も、今さらだがやはりあるねえ……今回は青年一名の根本的な成長が確認された、今になって去年のワークショップはずばり正しくてテキメンだったことが証明されているのだった、これぐらいはたまには自慢させていただく(当該青年は、大学卒業と就職内定おめでとう)。

ぐちゃぐちゃに報告すると、やはり僕の身体動作は、断然速くなっているらしく、動作はそろそろ「見えない」「消えている」というあたりに近づいてきたようだ、まあ店内の照明が暗かったからというのもあるとは思うが。
文学志望の人間が、月ごとに身体動作が速くなるというのはどうなの……とも思うが、まあしゃあない、あとそういえば、一人の女性のネックレスをいじくって「おしゃれ」を実現して歓声が上がるというシーンもあった。
「彼女は、このニットじゃ胸元がさびしいから、ネックレスをしているわけだけど、このネットはもともと胸元がルーズなものだから、そこにネックレスを垂らすとルーズにルーズが重なって、ややだらしなさが出てしまうの」と説明して、ネックレスを垂らすのではなく首元に二重巻きにした。
そうすると、そういうことに対しては、女性陣の反応は早いな、「あ!」「ああっ!」とソッコーだ、「絶対そっちのほうがいい!!」「九折さんすごい!!」、こういった鮮やかな称賛は、僕がどんなスゴイ小説を書いても頂けないものであった(お前らみたいなモンはホントなぁ……)。

パーティを続けるのは、みんなの大好きなものがあるからだ。

ようやく、ひとつのことがわかりかけている、厚かましい僕にはわかりにくいことだったのだが、どうやら多くのまっとうな人は、「大好き」ということに、そのまま虚心で乗っかれるわけじゃない、「大好き」ということに向けて突然放り込める態度を持たずこれまでを生きてきたから。
参加者のみなさまへ、これはひとつのコンセンサスです、僕はほとんどの範囲で人が持つ「躊躇」のシステムをどうやらわかっていません、僕は人のありようを穿って見る性癖はないので、あなたが内心で「躊躇」をしているとき、「躊躇」は何ら九折さんには伝わっていないと覚悟しましょう、だっておれそういうのホントわかんないからね、ごめんね。
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パーティ報告73(4)

「人が、『話す』ってことはな、話の内容やないで、みんな話の内容やなく、その『人』を見よるで」
「たとえばおれが、こう……『おれは京都でいうと、中心地じゃなく、宇治川のあたりが好きなんだよな』、と話すわな。この声でな。そうしたら、誰も別に宇治川のことなんかわからへんやろ、そうやなくて、それを話している『こいつ』のことがわかるやないか」
「はい。たしかに、何か安心しますね」
「そう。人が話すということは、内容じゃなく、『こいつ』が『こいつ』に伝わるということ、そうやって『人と人とのあいだ』に起こることを指して、人間世界というの、人が閉じこもってその内側に人間世界があるわけじゃない、人間ってもともとは『ジンカン』って読んだんだから」

「内容はなんでもええねん。人に、相手に、目の前の『こいつ』に伝えることやねん。それで、話の内容なんかようわからんけど、目の前の『こいつ』のことがわかるねん。『こいつ』が伝わるんやな」
「はい、そういえば僕、九折さんが話すことのなかで、『九折さんの話すまともなことシリーズ』っていうのを持っていて。温泉とか旅行とか食べ物の話とかされるじゃないですか。僕それが好きなんですよ」
「www お前、まるでおれの話すことの大半が、まともじゃないといわんばかりの……まあたしかにそうかもしれんが」
「まあそれはいいとして。とにかく、人が人に話すということは、話の内容以前に、『こいつ』が伝わるということ、自分がそうしているように、人は自分が話しているとき、話じゃなくて『人』を見よるで」

『お前、唐辛子を触った手で、目とか鼻とかこするなよ』

「たとえば料理をしているときに、そうはっきり『伝える』わな。伝えておかんとやってまいよるやろ。で、それをはっきり『伝える』ことで、『こいつ』がどんな奴か伝わるんや」
「ゆゆしき問題ですよ、これ、どうしましょう」と、そのことの不得手を自覚した誰かが青ざめて言った、「ほんとに、どうしような」と僕は答えた。

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パーティ報告73(3)
「割り箸、ジョッキ、セックス。これ、言葉だね。同じように言ってみて。割り箸、ジョッキ、セックス」
「割り箸、ジョッキ、セッk……あっダメだwwww」
「な、割り箸とジョッキには反応しないのに、セックスにはメラつくだろ。同じただの言葉なのに。こんな単純なことなんだ」
「これって、その、封印しているやつがけっきょく反応しているってことですか。そりゃそうですよね」

「みんなで揃って、おれに『バーカバーカ』って言ってみて」
「バーカ、バーカ」
「な、何も起きないだろ。じゃあ同じことを、彼女に向けてやってみよう」
「バー……あっ、ダメだwww 何かできない雰囲気がすでにあるwwww これってつまり滅却できてなくて、封印したもの同士が反応しあっているってことですよね。すごいわかる」

「こんなん不自由すぎるやろ」

「メラメラ、ウルウル、ワーの爆弾を、封印して埋めたとしても、そりゃ『地雷』になるだけで、そんなんぜんぜん平和な街ちゃうやろ、平和なふりしてちょっと脇道に入ると係員が出てきてピピーッて笛吹くような世界やで」
「たしかにwwwwww」
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パーティ報告73(2)
「え、じゃあ、九折さんは何一つ『我慢』はしていないってことですよね。封印しているわけじゃなくて、滅却してるってことですから」
「そりゃそうだよ、見りゃわかるだろ」
「じゃあ、めっちゃラクってことじゃないですか」
「そりゃそうだよ、見りゃわかるだろ」

「『立場』が、人にキャラをやらせるっていうか、我慢を強いるところがありますよね?」
「あるねえ。友人関係でも往々にしてそうだし、特に身内はね。身内はあるていど、そういう安全装置というか避難場所みたいな機能もあるから、しょうがないところだけど」
「アホな質問ですけど、どうやったらその滅却ってできるんでしょう」
「それについて、ここ数ヶ月で重要な発見をした。つまり、人間としてやるべきことが上位にあるから、他のしょーもないことが滅却されていくということ。その上位のものが見つからないかぎり、根性で滅却とかできることは決してないよ」

「あなたは何をしにこの世に生まれてきたの」

「少なくとも、メラメラしたり、ウルウルしたり、ワーッてなったり、そんなことをするために生まれてきたわけはないよな。でもいつのまにかそうなっちゃうの。生後六ヶ月以降は」
「この世界があって、自分が生まれ落ちてきている。でもこのことを本当に識ってしまうことは、一種の恐怖でもあるんだ。いろいろ生活上の事情もあるから、うまくやりくりしていかなきゃいかんしね。でも結果的に、ごくありふれた言い分に行き着いたんだ、つまり『あなたは何のために生きているの』っていう、ずっと昔からある定番の言い分でよかったんだ」
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パーティ報告73

「滅却」と「封印」は違う。
人は邪(よこしま)なこころを持つ。
とんでもないスケベごころや、プライド、嫉妬心、憎悪や不満、傲慢や反発など、下卑たこころをいくらでも持つ。
人はその邪(よこしま)なこころを、ふだんは封印している、我慢しているし抑圧している、それで一般的な「いい人」になるのだが/それは邪なこころを埋めてあるだけであって、邪なこころが「ある」か「ない」かといえば、バリバリに「ある」のだ、われわれはそれをなぜか「いい人」と呼ばされている。

「滅却と封印は違うだろ」と僕は言った。
「え、じゃあ、いくら封印していても、それは実際『ある』ってことで、けっきょく表に出てくるということですか」と問われ、「そう」と僕は答えた。
「今ここで、お前らが全員下着姿になっても、おれは変わらないし、おれが小説を書いているとき、アイドルグループの全員が裸でやってきても、おれは変わらん、それは我慢とか抑圧とかじゃなくて滅却ってことだろ」と僕は話した。
「それって、めっちゃ難しいっていうか、こうして実際にできる人がいるのは可能性としてわかるけど、自分でやれって言われたら絶対無理」と誰かが話した、僕は「うん、むつかしすぎて無理だ、と引き受けて生きていくのも正当な一手だと思う」と答えた。

「滅却」にはメソッドがある。

誰よりも僕が一番、これまでのスケベ「行為」は多くしてきたと思うが、必ずしも「行為」は「スケベごころ」を必要とはしていない/「行為」に必要なのは「識」だけだからだ、そして僕はスケベ行為は好きだがスケベごころは好きではない、スケベごころは正直キモチワルイ。
滅却するということは、無気力になるということではないし、関心がないフリをするということでもない、滅却するということは、「識」と「行為」に純化するということ/逆に滅却されていないということはただ「駆り立てられている」ということであって、実はそこには何の行為も発生していないのだった。

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第73回Quali's Party[10月14日(土)]無事盛会!

10/13 Quali tweet> 急に冷え込むなよ〜体調崩れるだろオイ pls entry



(ポスターはなかった、でもそんなことは
問題じゃなかった。いいね?)


joined: ひろみ、あきら、ゆか、まいこ、ゆうさく、くおり
日時:2017年10月14日(土)19時〜23時
場所:原宿竹下口交差点DinningBar CLIMB



おかげさまで無事盛会でした! 次回もよろしくお願いします。
鉄板揚げギョーザをサービスされちゃったぜ〜 九折


キラキラ次回(11月18日[土])加エントリはこちらから!キラキラキラキラキラキラ


費用男性5000円 女性3000円
参加資格ブログorサイトのファンであること
→その他詳細はこちらから

宣伝コラム「パーティへの誘い その1」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その2」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その3」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その4」はこちらから!
宣伝コラム「パーティへの誘い その5」はこちらから!

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パーティ報告72(2)

「自信、というけれど、そもそも『信』という字はシグナルの意味を指している、信号とか通信とかいうでしょ」
「だから『自信』というのも、本来は"own signal"の意味にすぎない、『自信がある』というのは、自己の信号、own signalに基づいて行動するってだけだよ」
「仮にここで、英才教育を受け、成績優秀スポーツ万能、いいところに勤めて家族を持ち財を為したという人がいたとして、でもよくよく見ると、その人は『周囲に言われるがままにしてきただけ』ということがよくある、own signalで行動したことが一度も無い、ってことがよくあるんだ」
「そういう人を目の前にすると、『あれ? この人立派な人のはずなのに、なぜこんな自信がないんだ?』って不思議に感じるものだよ。自信というのはもともとそういう性質のものだ」

「喉が渇けばジュースを飲みたいし、腹が減ればメシを食いたいじゃない。お金が欲しいし、女ならいいオスを捕まえたいし……でもこれらはすべて遺伝子(gene)のなせるわざで、何もown signalじゃない、遺伝子に乗っかって生きてりゃ誰だってそうだっつーのという話でしかない。遺伝子が興奮するというアホの話を聴きたくはないのは、それが不当だからじゃなくて陳腐だからだ」
「own signalには『性質』がある、この性質に基づいたメソッドを持たないと努力なんて不毛だ、この『性質』に基づいたとき、正当なメソッドは『自信をもって、未来に向かわないといけない』となる/(切り離された未来ではなく、現在とつながった未来に)」。
たとえば豆を掴むべく箸を動かすとき、狙うのは箸の先だろ? でも実際に動いているのは手であり指だ、箸先を見失って自分の手や指にこだわったら、逆に手も指も力んで、動かし方が行方不明になってしまうだろう。
実際にあるのは「今」で、しかし狙っているのは箸先、「未来」なんだ、この未来に向けて現在が動くんだよ、この箸先=未来が見えたとき、自身から自分を動かすsignalが発される、そのとき初めてown signalに基づいて行動することができるんだ、これが「性質」だよ。

検出結果:No own signal.

どれだけ遺伝子に駆り立てられていても、またどれだけ表面上を取り繕っていても、もしそういう検査装置にかければNo own signalで、それではもう誰が生きているのかわからない、自身の信号に頼らずヨソの信号に操作されているだけならロボットだ。
我の強い人はたいてい、本当の自信がないだろ? それは「我の強さ」が「利己的遺伝子」から生じているからだ、塩基配列が沸騰しているだけで、本人のsignalなんてどこにもないんだよ/自信をもって、未来に向かわないといけない。

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