☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
壮大なモンしか見たことがない
は情熱大陸を見たことがある。
テレビ番組ではなく、情熱大陸という大陸そのものを見たことがある。
壮大なものを見たことがあるかどうかが決め手になる。
壮大なものが見えているかどうかが決め手になる。

ある意味、僕は映画なんか観たことがないと言える。
僕は一人、勝手に何か壮大なものを見ているのだ、子とはそういうものだ、音楽を聴いたこともないし詩文も読んだことがない。
今もなお、壮大なものは見え続けている、古代大和の森やオリジンのエジプト、蒸気にけぶるエレクトリックアイなどが見えている/僕には「イメージする」という能力がない。
単なる「大きさ」の問題として、あちこちで話が合わないのだった、好きとかきらいとかの問題でなく、幾人かの女性を招いて、幾人もの女性が自ら去っていった。

僕が壮大なのではない、逆だ。

壮大なものの中にいる、僕はそこに小さな人を呼び込みたいが、大きな人はそれを拒絶するものだ/ここで大きな人と小さな人は逆転している、僕は「壮大な世界の人」だけが「存在している」と感じる。
小さな世間の人は、対照として吾我を大きくするはずだが、こうした小さな世間の人は、僕には「存在していない」と見える、どんどん"消えかかっている"のだ、「存在」はゴースト映像のようにノイズに干渉されて消えていってしまう。
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五周年!
ういえばパーティが(再開)五周年なのだ!
みんな来てね〜
明らかにポスターとか作っているヒマがないが、まあ別にいいじゃないか、寝て起きたら音速で作るかもしれないし、鼻歌を唄ってごまかすかもしれない。
まあ世の中には、暗いこともあるかもしれないが、暗いことを考えてもしょうがない、暗いことを考えても一年間は365日で変わらないのだ、あとはその365日が暗くなるかどうかであって、とりあえず僕は、365日×5年を、暗くせずにやってきたことになる(褒めろ)。

五周年といって、別に節目ではないし、何も変わりゃしない、変わる必要がない。
何も変わらないというのが一番だ、何も変わらないということは、進んでいるということであって、これは矛盾しているようだがそうではない。
もし僕が進まなかったら、僕は「古い奴」になるだろうな、古い奴になるなんてカンベンだ、変わらずにありたいので、強制的に進むしかない、そのためにはいろいろ悪辣にだってやってやるぜ。
世の中の、すべてのことに興味はない、すべてのことは誤解でしかないからだ、ウーンこの世界はおれだけナイスハッピーだったらそれでいいのじゃないかな、そういう暴君みたいになっていないと、愛とか光とかはないのだ、愛とか光、僕にはそれ以外のことはおっかなくってしょうがないのだった。

何も変わりゃしない、ずっと暴君のままです。

しょーがないだろ、生まれつき暴君なんだからさ、まあ何も変わりゃしない、僕は五日前のことも覚えていないし、未来のことは五秒後だって譲らない。
今夜は飲むわけです、五周年だそうで、新しい人もこじつけに来たらいいんじゃないかな、おれを祝福するために来たらいいのに、まさか世界を祝福せずに土曜日をつぶすとかありえないよね、ということで暴君こそ全方位にハッピーなのであった。
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すべてをひっくり返す別ルート

ルート名は、面倒なので「むすひ(産霊)」としておこう。
今月もまたパーティをやるわけだが(忘れてた)、まあすべてのことは成功させなくちゃならん、成功というのは何をもって成功かというと、成功をもって成功というのだ、ごちゃごちゃ混ぜ返していてもしょうがねー。
きょうび、まともな何事に取り組もうとしたって、無数の障害で道筋はすべて塞がれているように見える、そこで決定的な別ルートを用意するしかない、別ルートとはいっても、これがもともと唯一のルートみたいなものだが……
別ルートというのは、産み出すことだ、創り出すことだ、命を与えることだ/ガンバることではない、苦しむことでもない、この単純な別ルートのために、友人のすべてを切り捨てよう(でも美人は残すのだ、うひょひょ)。

そんなもん、別ルートに行ったって、友人はついてくるだろうし、そもそも突破ルートに進めないようじゃ誰だっていずれ友人ではなくなるぜ、同窓会と友人はまた別モンだろうし、漠然とした仲間と友人もまた別モンだろう。
創るのだ、どんなささやかなものでもいいから、創り続けることが重要だ、自分の創り出したモンを眺めているヒマは数分しかない、これだけがすべての障壁を無視して進めるだろう/それは障壁の生成前に発生する事象だからだ、「創る」ということ。
創られたものは、批評を受けたり、楽しまれたりするが、批評のすべては気にする必要がない、というのは、批評はすでに「創る」ということには追いつけないからだ、常に創っている者は過去のものに批評を受けても「なんだっけ?」としか感じない、それが批評とニセの友人を断ち切るコツだ。
割とマジメにいうが、あなたは何を産み出しているだろうか、夏フェスに参加するのは楽しいだろうが、その参加は何かを産み出していることにはあまりならない、かといって○○に対する抗議活動をしても産み出していることにはならないけれども/産み出すということは、立ち上がるのが速いということだ、何かを創り出す「風」はとても速く、「えっ」と逡巡したらそのときにもう過ぎ去ってしまう。

しんどいだろう、産み出していないから。

産み出していない人は、自分がメチャしんどいし、どうしたって、他人のこともそのしんどいタイミングのものに引きずりこんでしまう、とにかくメチャ遅で、速くしようとしたら力むのだ、メカニズムが間違っているのである、すっころぶのはいいが立ち上がってから「あいててて」と言うべきだ、立ち上がるまでが無秒ならばよくて、「あいててて」は別にゆっくりでもかまわない。
このところ、誰だって顔(顔面)に力が入っている人が多いが、顔面なんぞはすべてに対するブレーキみたいなものでしかない、もう何をやっても間に合わねえぜ、生卵を音速で割るオバハンが顔面に力を入れている余裕がないのは誰でもわかるだろう、ああしまったパーティの宣伝をするのを忘れた(みんな来てね〜)。

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NHK「つながり孤独」

NHKのクロースアップ現代で、「つながり孤独」というのを特集したそうだ、残念ながら見逃したので内容は詳しく知らない。
が、そんなもの、観なくてもわかるわなあ、どうせSNSでつながっているのに「孤独……」ってやつだろ、今さら何言ってんだと、ガリガリ君を投げつけてやりたい。
まさかの冗談だと思いたかったのだが、おそらく、すでに少なからざる人が、SNSのアカウント連携を、「つながっている」と本当に思っている人がいるのだろうな、こんなアホさ極限MAXの時代が来るとは思っていなかったが、どうやら最近はマジっぽいのだ、バカにしているのではなく、腹の底から笑っているだけだ。
「若い世代を中心に……」というふうに特集されていたらしいが、そんなもん、老いも若きも変わらねーよ、そうして社会問題に仕立てて高説をたまわりつつ、自分だけその当事者でないフリをしたがる大人がいるからややこしくなるのだ、「全員つながり孤独です、終わり!!」でいいじゃねーか、そうしたら番組の制作費も浮くだろう。

なんというか、根本的に、青春とか友人とか恋人とか絆とか、この世に生きた価値とか、そういうものを、土台「得られる」と思っているのが間違いだ、そんなものはなかなか得られるものではなく、孤独とむなしさと因業に「ンゴォォォ」と言いながら苦しんで生きて苦しんで死んでいくのである、何をフワッフワした話をしているのか、このオタメゴカシなものは早急になんとかしなくてはならないが、きっと半永久的にどうにもならないだろう。
NHKの側が、若い世代に特殊に現れた「つながり孤独」があるというのならば、じゃあ年長者の側で「そうではない、つながりというのはこれだァァァァァァ!!!」という実物を大爆発と共に見せてやればいいのだ、そうしたら若い世代も解決した先のモデルを獲得できるだろう、モデルってその意味でとても大事だ。
でも、そんな実物は見せられないだろう? ということは、そんな実物は「ない」ということだ、僕は以前、過去に数回会っただけの友人に、六年ぶりにあったが、お互い何も変わらず超ラブだったぜ、そしておれは新しくできた年下の友人に、後ろからケリを入れたりしているが、そんな実物も「ない」のだろう、男が女の子の頭をぐしゃぐしゃにして「あー」という実物もないのだろう、もちろんわざとらしいやつとかキャラのやつはナシだぜ、さあ「つながり孤独でないもの」の実物はどこにあるんだ、それがないなら現代の若者を勝手に被差別階級に扱うんじゃねえ。
つながり孤独でないものといえば、もう、ずっと遡って、ビートルズのレコーディング風景の映像でも見せるしかないと思うが、そのマジの「つながり」に比較して、「おれの青春もこうだったな」と言える奴がどれだけいるんだよ、つながりってそんなに安く得られるもんじゃねえぜ、SNSが悪いのじゃない、SNSの使い方が間違っているだけだ。

SNSはつながりを得るものではなく、共同体との癒着を切るためにある。

そうして厳しく使え、SNSやインターネットを槍玉に挙げるけれども、一方では最悪な共同体や最悪な親から、逃れて脱出するためのツールとして、多くの人々を救っているのでもあるのだ、SNSに礼拝しろ、そして孤独になるとしたら、それはただの当人の問題だ、当人が生きているのだから、その結果として孤独にさせてやれ、それでいいんだよ、つながりショップなんか与えたらそいつの人生がなくなってしまうわ。
「つながり孤独」の中で、死にたいぐらい孤独を感じている人がたくさんいるらしいが、それが「たくさんいる」なら、孤独ではないはずだ、「たくさんいる」んだろ? でもそれが「自分のことしか感じられない」から孤独になるわけだ、じゃあそれは自己中心性とコミュニケーション能力欠損の問題であって、SNSの問題ではない、単に自己中心性の解決とコミュニケーション能力の獲得が「思っていたほど甘くはまったくない」というだけだ、「つながり孤独」から逃れたければ、そうしたクソ用語に唾を吐く同士と出会うように生きるしかない、出会えるかどうかはテメーの人生の問題だ。

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ことのしんそう☆

魄(こんぱく)を分離するといって、たとえば気魄が右側に残り、霊魂は左側へ移動したとしよう、マスター状態がうんたらかんたらでね……(これは実際にできる)
で、別に、そんなことはどうでもいいのだ、気魄は人に「触れるだけ、何もしない」のだし、霊魂のほうは、ノーマルで全身全霊だ、こちらも別におれが何かをがんばるわけじゃない。
つまり、気魄が右側に残り、霊魂が左側に行ったとして、魂魄が左右に分かれるだろ、じゃあ真ん中はどうなるかというと、真ん中には「何もない」のだ、「何もない」が「ある」ことになる、そりゃもともとこの世界は「何もない」が「ある」という状態なのだからアタリマエだ。
魂魄分離といって、霊魂と気魄を分離して使えて、おおスゲーとなるが、そのこと自体、僕としてはどーでもいいのだった、それがいかに「どーでもいい」かに到達してもらうために、教えたいことがないではないのだった、つまり僕は重要なことへ人を案内しているのではなく、「どーでもいい」ことへ人を案内しようとしている。

魂魄分離が、ビターッと成り立てば成り立つほど、真ん中は「何もない、がある」という状態になり、「どーでもいい」度が上がる。
中心がその「どーでもいい」のだから、中心には成長もなく、下落もない、パワーアップもなければ、ダウンもない、グッドもバッドもない、完璧もなければミスもなく、時間もなければ永遠もないのだ、魂魄のどちらが重要ということではなく、どちらも重要でないということ、何一つ重要でないということは、同時にすべてのものが完全均一に重要でもかまわんということ、ありとあらゆる差分がないということ。
気魄の側から見れば、この世界は互いに「迷惑」をしないべきであり、同時に霊魂の側から見れば、この世界はなにもかも「ひとつ」だ、そしてこの魂魄を等分に分離できたら、この世界は「ひとつ」というよりは「0つ」と表現すべきになる、「迷惑」もなければ「ひとつ」もない、つまりいかなる演算を向けてもこの世界は可変でないということ(そりゃ世界から演算が出ているのだから演算で世界は変化しねえよ)。
0つ、究極そこに行き着く、ということではなく、初めからそこに行き着いているのであり、誰もそこから動いてはいないということ、そりゃ0つの世界からどうやって動くんだよ、すべての成分は「ある」と同時に「ない」ので、「0つ」なのだ。

だから女の子の下着姿はうつくしくなく、だから女の子の下着姿はうつくしい。

この世界は、「それぞれ」なのか、「ひとつ」なのか〜、それがびっくり、「それぞれ」でもなければ「ひとつ」でもないのだ、すべてのものは「ある」のだが、「ない」が「ある」のだ、「ない」が「ある」からこそ、すべては「それぞれ」でもあり「ひとつ」でもあり、かつどちらでもないということになる、実は何も変わっていないということ、変わるという現象は世界にない。
別におれが悟っているわけじゃない、悟っていても悟っていなくても同じだということ、何も変わっていないし、「誰」ということも存在していない、悟るなんてことが存在しない以上、この世界に「悟っている人」などというものは存在しないし、だから同時に「悟っていない人」というのも存在していない、みんな一緒というのでもなく、「みんな」というのがそもそも存在していない、存在させても存在させなくても何も変わっていないのだから、この世界は真相しかないのだから、あえてそれを真相と呼ぶ必要もない、ジャン! これで終わっているし、これがずーっと続いている。

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もっとおれを間違わせておくれよ
の話なんか聞かないほうがいい。
人の話は、どこまでいっても、人の話にしかならないからだ。
人の話がある、というだけでいい、この世界には人の話があるのだ。
僕は昔、先輩の話を聴くのが好きで、いつも楽しみにしていたけどな。

人の話に、何かを探そうとするから卑しくなるのだ。
人の話は、人の話だ、ワールドカップの最終戦、最後のホイッスルが鳴ったときは何か無上の感動があったけれど、そのことに何かを探すというのは馬鹿げている。
人間関係に頼るなよ、何を見失って、高慢に、かつ弱くなったのか、一人で歩いている少年に笑われるぞ。
もっとおれに間違わせておくれよ、おれに誤解を続けさせてくれ、これまでおれに誤解を諭してくれた人は、そのたびなぜか急落して憂鬱な顔になったもんさ。

おれは「間違っている人」じゃない/間違っていることは認めるが、おれはあなたが言うような「人」じゃない。

おれは「人」なんて、立派な格付けの中にはいないのさ、間違いだらけの、何かのやつだよ、夜や夕焼けや赤紫色に吸い寄せられていく何かであって、間違いのすべてがおれの養分なんだ、もっと迷路でおれを閉ざしてくれ。
おれがときどき、常識人のふりをしたり、知恵のある大人のふりをしたりするのは、おれの女や友人が、行方不明になってしまいそうなとき、しょうがなく緊急出動しているだけさ、多くの人は間違うと迷うのだろう? おれは違う、おれは間違ったままゴールしてみせる。
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異性愛氷河期にて2

は男なので、女の子ちゃんは全員好きだ。
それは、僕が異常なのかもしれないが、僕が正常になんかなったら、世界が異常だ、異常な九折さんが正常なのは周知のとおりだ。
「自由で、かっこよくて、満足で」と申し上げているように、女の子ちゃんの全員が僕のことを嫌ったとしても、そんなことで僕の満足は消せない、女ごときが男の満足を傷つけられるわけがないだろ、そのへんはいいかげん弁えたらどうだ。
僕は男なので、女の子ちゃんは全員好きで、だからこそ女の子ちゃんの全員が、こころの底から笑っていないと許せないのだ、そのためには叡智だろうが霊力だろうがフル稼働してやる/男の僕がそう振り切っているのだから、女のあなたに止められるわけがないだろう。

女に感謝されるほどクソなことはない。
感謝の言葉なんて、ヨソのヘナヘナ男に贈ってやれ、よろこぶ奴もいるかもしんねーから、おれは要らない、おれ向けにはヘイトかエロ自撮りのどちらかを送れ、お前が幸せになるどちらかを送れ。
女に嫌われる頻度なんて、パンくずをテーブルにこぼす頻度より高いよ、そんなにチンタラ食っていられないだろ? そしてパンくずをテーブルにこぼして「ショックを受ける」なんて男があってたまるか。
おれにダメージを与える、唯一の方法を教えてやろうか、それはあなたが元気をなくすことだよ、それだけはさすがの僕も抵抗のしようがない/あなたが元気をなくすことだけは絶対にやめてくれ、その方法はさすがに卑怯すぎる。

あなたの愛なんかどうでもいい、大切なのはおれの愛だ。

マフィアが銃口を突きつけるのと同じやり方で、僕もつい突きつけるのをやめられないのだ、おれはおれの判断で引き金をひくよ、あなたの言い分なんか初めから聞いていない、引き金をひくのにあなたの同意なんか必要としていない。
おれにとって大切なのは、おれの愛だけだからね、あなたが笑っているか、元気でいるか、幸福でいるか、それがあなたのためかどうかなんて知らなくて、おれはおれのためにしか動かない/僕は女の子ちゃんが全員好きだ、女と同意なんかしたくない。

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異性愛氷河期にて
性愛が攻撃に晒されている。
同性愛のことは、僕はよくわからないので、ここでは申し訳ないが捨象する/異性愛が攻撃に晒されている。
つまり、男が、「女の子ちゃんたち、みんな大好きだよ!」と清潔に言うことを不可能にさせられ、女の子たちが、「男の方たち、どうかわたしなども愛してくださるように!」と清潔に言うことを不可能にさせられている。
もちろん男性は、「キミのことが好きだよ」とは女性に向けて言うだろうが、「女の子が好き」とは言わせてもらえない、「女の子が好き」とは言えないのに「キミのことが好きだよ」とは言わされるよう義務づけられているのは、非常にいびつで苦しい状態だ。

僕は今でも、「女の子ちゃんたちが好き」「女の子は基本全員好き」と言い続けているが、もし僕がこの言をやめたら、さすがに僕はオシマイだろう。
もし僕が、「女の子ちゃんが全員好き」と言わなくなったら、そのときは一切の書き物をやめるだろう、なぜなら僕自身、「女の子が全員好き」と言えない奴の書き話すことなんか、聞きたくないからだ、世の中の害毒にしかならんから引っ込めと自分で思う。
僕は男なので、女の子ちゃんは基本的に全員好きだ、「なんてカワイイんだ!!」としか基本的に思わない、それによって、もしすべての女の子が僕のことを「超キモイ」とキライになったとしても、僕の側は「女の子は全員好き」と言うのをやめないだろう、その点については、女の言うことなんか聞いてられっかよ。
かつて、「あなたはどういう女の子が好きなの?」と訊かれたとき、「女の子なら誰でも好き」と答えたことがある、怒られるかと思ったが、思いがけず「あはは、あなたってすごくやさしいのね」と笑われたことがあった/やさしいのかどうかは知らんし、そんなことに興味はないが、僕は「女の子なら誰でも全員好き」だ、女がおれのことをキライなのは慣れている。

僕はすべての女の子にハートを投げ、すべての女の子は僕に石を投げる、それが「平和」だ。

このことに何の問題がある? 石を投げる女の子が悪いのじゃない、女の子だから石しか投げられないのだ、女の子がハートなんか投げられるわけがないだろ、石しか投げられないから女の子なんだよ/地球上の石より僕のハートのほうが多ければ僕の勝ちになるという、ただそれだけのゲームだ。
「女の子は全員好き」という、サイテーなハートを、もうここに四千件も書いているわけだが、どんなミサンドリーでも一人で四千件も記事を書いて男を罵っているバカはいないよ、それはけっきょく向こうの弾数が負けるってことじゃないか、このゲームで降伏するのはおれの側じゃねえよ、物量作戦でおれに勝てるわけがあるか。
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意味のない記事ホェェェェェ
期的に、不思議に思うのだが、このブログと本サイトを観てくれている人(お前のことだぜ)は、何をどうやって、こんなところにたどり着いたのだ、それがいっつも不思議でならない。
自分で運営しているくせに、だらしないことだが、これだけウェブ全体が発達した状況の中、もうこのサイトに偶然たどり着く可能性はほとんどないぜ、いまどき「ホームページビルダー」で更新しているサイトなんて探しても見つからないだろう。
もうかれこれ、十年以上前から続けているのだが、これほど閲覧者数が増えもせず、減りもしないサイトは希少だ、何を書いても閲覧者数は増えないし、かといって減りもしない、まったく不思議なもんだぜ。
定期的に、「何かもっと、閲覧者数を増やす方法はないかなー」と思うのだが、結論として「ない」のだ、それはお前らがおれのナイス記事をシェアしないからであって、という、この愚痴もすでに言い飽きてしまった、4000件ある記事が1件たりともツイッターにもフェイスブックにもシェアされないというのはどういうことだ!! インターネット壊れてるのとちゃうか!!

まあなんというか、みんなして「こっそり」読んでいやがるわけだから、しゃあないが、それにしても、何年も継続して読むのだから、共有できる友人がいたらいいよね、そういうこころあたりのある友人にはぜひ個人的にシェアするように。
とはいっても、何かこう、「シェア」と言った途端、何かそーゆーのじゃないよね感がすさまじくあるな、そもそもこれは「コンテンツ」なのかどうかさえアヤシイ。
とはいえだ、漸増でもいいから、物事は拡大に向かっているべきなので、まあ何かのときには、友人に教えて差し上げるようにな! 単純に一人が一人に教えてくれたら、それだけで無限に閲覧者は増えていくはずなんだから〜(はぁと
とはいえ(「とはいえ」が三回も続くクソ文)、人は何かしら、貴重に感じるものって、そんな簡単に他人に分散しないよね、おれだって貴重なものは赤の他人に見せたりしないからなぁ、というわけで、おれのことなんかどーでもいいやという奴は、ガンガンシェアするように、よろしく。

閲覧者数が動かないのは、おれの責任ではなく、閲覧者たちの責任である。

と、このように、辞書に載るほどの責任転嫁だが、まあいいじゃないか、何かのマグレで閲覧者がドカーンと増えねえかな、ジャスティンビーバーが急にアクセスしてくることはないだろうか。
あ、かといって、ヘンチクリンなスピリチュアルの奴を呼び込んでくるんじゃねえよ、何かもっとイケイケでプルンプルンの女の子を呼び込んでくるのが最善だ、そりゃイケイケでプルンプルンの女の子のほうが霊的にイケてるのは明らかなんだから。
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「エロ」と「魂のおっ始まり」の違い
純にいうと、僕は「エロ」というのがあまり好きでない。
なぜ好きでないかというと、「エロ」といって、たとえばグラビアとかピンナップとかは、何も「おっ始まっていない」からだ。
それよりは、こうして文章を書いてブッ込んでいるほうがはるかにいい、これは「おっ始まっている」からな(あくまで書き手がおれの場合だが)。
一部のかわいい女の子ちゃんが、僕にえっち自撮りを送ってくれるのはいいのだ、それは「おっ始まっている」から/いわゆる「エロ」というのは、まどろっこしいというか、もったいぶっているだけなので、僕にはそれが時間の無駄の思えて、好きでないのだった、何もおっ始まっていない「エロ」で興奮なんかしねえよ、思春期のガキじゃあるめえし。

「エロ」というのはむしろ、おっ始まることに対しての、バリアーというか、「障壁」になってしまう。
だから僕は、おおむね現代の、やたらエロネタに詳しい女に対してネガティブだ、エロネタに詳しい女は「おっ始まる」ことに対してたいへん強固な障壁を持っている。
それなら何のエロ概念もない、清潔に生きてきた女子中学生とおっ始めるほうがずっとグッドだが、かといって現代の女子中学生はとても華奢なはずなので、おっ始まったら、障壁はないかわりに、「逃避」するだろう、これがまた現代は、「逃避」の方法を与えるのにすぐれた環境なのだ、そのせいで女子中学生でさえ最近は身体がキタナくなってしまっているところがあるが……
そして、僕がおっ始めたら、中学生の女の子は死んでしまうというか、ぜったいまともではいられなくなるので、どうしたらいいかというと、女の子の側からおっ始めればいいだろうということなのだった、よって一般的に「エロネタのない女の子の側からおっ始めれば万事うまくいく」と言い得るが、今時エロネタを脳内に盛っていない女の子なんているのかよという話であった、ちなみに女子中学生とおっ始めるのは条例において違法とされております。

融通される「エロ」は、魂の障壁でしかない。

昔から、合コンや飲み会をすると、女性のほうが下ネタがえげつなかったりするが、そういう女性は、実際におっ始まると、魂そのものは全然強くなく、あくまで「エロで済ませたい」という、弱めの事情なのだった、まあそれでも金曜日の夜を楽しく飲むのにはあって悪くない……ということもないなあ、正直魂が弱いならヒマだなあ。
実際、僕がこうして書いている記事は、逆にもうエロくないわけで、だからこそ、女の子にはウケがよくないのだった、これでは「エロい」ではなく「おっかない」だ、まあでも僕一人ぐらい、シャレにならんやつも男性として存在する必要があるだろう、こうして自分を不利にしていくカワイソーなスタイルなのであった(同情して応援しろ)。
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欲望のマントル層2
こまで元気に生きるこたぁないのだが。
欲望までしか到達できない者は、欲望など埋めておくべきだ。
地上に溶岩が噴出することは何の利益にもならない/後片付けなんかできなくて取り返しがつかないだけだ。
現実はどれだけめんどくさかろーが、それがいかにファンタジーだろーが/人間には無限の欲望がある、それは悲しみの向こうに、本来の無限の光があるということ。

マントル層を掘り進んで、その奥にある光の核まで到達できるのだろうか?
なかなか現実的な話ではない、けれども夢のある話だ/純粋な「夢」というとこれしかない。
欲望を解き放て、とは言えない、欲望を解き放ったら、どれだけ死人が出るかわからない、欲望を解き放つには神通力がまったく足りない。
慎重にいくしかないのだ、ダセーなあ、ダセーけどそれが自分の身の実力というものだから、しょうがないのだった。

夢はこの地の魂から。

だから僕は、天を見上げない、天からガッツリ掴まれることはあるけどね……僕は地の底に向き合っていよう、山は天に近いがそれはとても強い地の力だ。
地の底にいるダイモーンを、どれだけ御し得るかは、どれだけ天の力を帯びているかによる、ダイモーンに食われるバカを僕は見たくない、きょうび知ったかぶりのワカゾーが多くて困るぜ。
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欲望のマントル層
だって自制心がある。
自制心の向こうには悲しみがある。
自制心をすべて捨てたところで解決はない。
自制心を捨ててもその向こうの悲しみは消えないからだ。

自制心を抜きにすれば、われわれはやりたい放題がやりたい。
けれども、やりたい放題をしたところで完成はしない。
われわれは、やりたい放題の中で完成したいのだ。
そして、やりたい放題の中で完成できないことが悲しい/自制心の向こうには悲しみがあって、その悲しみのさらに向こうには「夢」がある。

悲しみの、向こうまで行けないので、自制心に頼っている。

人を、傷つけたくなんかないし、迷惑も掛けたくはない、その唯一の方法が「自制心」しかないのかという、この問いかけに無限の道がある。
われわれは、核爆弾を落としたり、通り魔になったりできるが、その逆ができない、この悲しみに無縁な人間はいない。
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音は世界でありロマン化しろ
う、先日僕は、「僕にとって音は『世界』だ」ということを書いたが、18世紀にノヴァーリスというドイツの哲学者・詩人が、「モノの形というのは、『遮られた音』だ」と言っていたそうだ/彼にとってたとえは水晶などの結晶などは特に「凍った音楽」だった、「アラベスク」などは露骨に「音楽」に見えていたようだ。
今、時間がないのでな……もうしっちゃかめっちゃかに書くが、このノヴァーリスという人の詩文に眼をつけて紹介した一人が、志村ふくみという人間国宝の女性だ。
志村ふくみさんは、その父親(だっけ? 叔父だっけ? 忘れた)が柳宗悦・黒田辰秋らを中心とする民芸運動のパイオニアだったので、その薫陶を受けている立場にある。
そしてたしか、柳宗悦は、ウィリアムブレイクの研究者の一人でもあるのだ、このブレイクを世に知らしめたのがたしかイェーツだろ、そしてイェーツは晩年にインド哲学の示す梵我一如、特にアートマン説に大きく肩入れしている、だから何やねんという話なのだが、今とにかく僕自身に時間がない。

元のノヴァーリス自身も、わざわざ中村元さんが「ノヴァーリスによるインド受容」なんて論文を書いていらっしゃるようだから、やはりウパニシャッド方面に肩入れがあったのだろう。
何の話をしているかというと、なんというか、「肩入れする系譜」があるのだ、「こっち系統の人たち」が一定数存在するのだ、これはマッピング表示したら「なるほど」と一望できるものになるはず。
だがそんなことしている時間は、おれにはねーのだ、おれは遊ばなきゃならん、ノヴァーリスとやらの原著にまで当たっていられるかよ、ただ僕も2018年現在で、「音は『世界』だ」とブツクサ言い始めた奴の一人だ/こっち方面に「興味」がある人はウジャウジャいるのだが、直接その音が聞こえるという奴はほとんどいない(興味があるという奴とおれとで話が合うわけではない)。
ノヴァーリスが言うところの、「世界をロマン化しなきゃいかん」という話、わかるよ!!!! わかるというか、おれなんかずっとその真っ最中だもの、ノヴァーリスは詩人だったから夭逝してしまったが、おれはこのとおり遮られていないのでめちゃくそ長生きをしてやるのであった。

遊ぶのにめちゃくそ忙しいのだが、そりゃ世界がロマン化しているからだ。

おれが見かけた女のすべてに手をだしてメチャクチャにしてしまうのは、それが「遮られた音」に見えているからかもしれんな、それを外側へ解放したいというのがあるのだ、それはおれの欲求というのではなく、何の欲求かというと、ロマンの欲求だ。
世界は音で、ロマンとは何かというと、その音を遮らず解放しろよということなのであった、そりゃ音楽家は長生きするわな、そしておれなどは音波にこだわらない音楽家である。
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継続的な善と、瞬間的な感動

狼スペの2017年大会、inミカドの動画をなんとなく観てしまった。
まったく何の説明もしないので、あなたは「何それ」としか思わない、それでいい、説明はめんどくせー。
ダック vs キムで、ピヨリからキムのコンボがペシペシ入る中、「オワタ」としか思えないのに、まさかのまさか、あの瞬間にブレイクスパイラルが入るのはマジでヤバい、何がどうなってその瞬間にBCボタンを押したんだ/僕も少なからず経験があるのでわかるが、ああいう瞬間は本当にナゾだ、なぜかその瞬間にコマンドを入力するのだ、何がどうなっているのかは誰も説明できない。
餓狼伝説スペシャルって、もう二十五年も前のゲームだぞ、僕もダック使いだったからわかるが、二十五年前に僕がやっていた「くる〜り、ポン」の操作を、今のまったく違う世代がマジメにやっているんだな、まったく不思議な感じがする、ああいう現場でまさかのブレイクスパイラルを返せたら、それだけで殊勲賞というか、それだけで十分に伝説のヒーローの資格アリだ。

善悪の判断は、認識のことなので、いつでもできるし、善はいつまでも善だ、善を意識して継続することは何もむつかしくない。
だが、感動というのは瞬間的だ、感動というものは、狙ってできない物の代表だし、感動のための努力をするということもできない、感動はその資格がある者のところへ、偶発のふりをした奇跡のように舞い込んでくることでしか発生しない。
まあどれだけ実力があっても、またどれだけ善と努力があっても、感動方面ではカスだよ、その考え方が正しいのか間違っているのかは知らんが、僕はその考え方が好きだ。
感動には実力なんか通用しないよ、実力がないと奇跡もやってこないけどな、だけど僕はあらゆる努力と実力の上で、自分のその努力と実力を根こそぎバカにしているのが好きだ。

感動はまったく別モンだから。

あの場所であの瞬間、まさかのブレイクスパイラルが出たからといって、それで何がエライってわけでもないだろうよ、んなこたぁわかっている、だが何か、魂を見るんだよな、ああいう奇跡は実力なんかから生じない、どんなバカなことでも、愛しちゃっていて、それでウヘヘと、何か知らんがボーナスが出るんだ、ボーナスってたぶんバカのする愛へのご褒美なんだろう/そりゃ二十五年前のゲームで「くる〜り、ポン」とかしている奴は紛れもないバカだよ、でもそういうバカにしか奇跡のボーナスは降ってこない。
餓狼スペの対戦は、二十五年前、攻撃のことごとくを龍炎舞の根元で撃墜されてから、やっていないな……だって二段ヒットしてヘコむんだもん/だが今の僕も、ダック使いではないにせよ、あのときと変わらず、バカのする愛が奇跡に報われる瞬間のみを求めてやっております、僕が根本的に悩まないのはそのせいだろうね。

バカをやろうかあ | comments(0) |
どーでもいい話
れはまったくどうでもいい話なのだが、今日、たまたまちょっと鍵盤に触れる機会があって、ふとためしてみたのだが、いつのまにか僕の声域が、低音側にぐっと伸びていた。
いつのまにか、低音域がLow Aぐらいまで伸びていたのだが、これ、詳しい人にとってはわかることだが、「えー!?」と驚くようなたぐいだ、だって以前はDぐらいまでしか出ていなかったのだから。
合唱団にいたことがある人ならわかると思うが、だいたい男性の場合、「低い方のミ」がきっちり出ていれば、まあベースパートでもいけるだろう、というような判断だ/そしていわゆるローツェー(Low C)がきっちり出る男性というのは、日本人ではあまりいないのだ、どこの合唱団でもLow Cがきっちり出るベース男性は「選ばれし者w」という扱いを受けていると思う。
僕はひさしぶりに、鍵盤の低いドを叩いてみたのだが、そのLow Cが自分の声帯からあっさり出たので、「あれ!?」と、冗談でなく三十分ぐらい困惑していたのだ/僕はもともとバリトン寄りのベースだったので、Low Cなんか絶対出ないはずだったのに、いつのまにかその下のB、さらにAまで出るようになっていた。

なぜこんなことになったのかわからないし、いつの間にこんなことになっていたのか知らないが、とりあえず驚いた、なぜなら基本的に人の声域というのは、特に低音側に向けては広がらないからだ/四年間も合唱団にいてDが精一杯ならそれより下にはまず広がらんでしょというのがそっち方面の一般常識ではないだろうか。
僕にもその常識があるので「んなアホな」と思い、どこぞの外国の合唱団で低音がバキバキ出る奴に重ねて発声してみたのだが、どうやら僕も本当に出ているらしい(と、これぐらい確認を重ねてもどーも自分で信じられないのだ)。
だって、そもそも、男声の合唱曲なんか、低い方のミより下はほぼ使わないのが暗黙のルールだからな、それぐらい「ミ」より下の音は選ばれし者だけの領域なんだよ、それがオメー唐突に、Low Cより下まで出るようになっているとか、「なんじゃこりゃ」と困惑するしかないのだった、今でも何かの間違いの気がしてならない。
そして、この話は、だから何だということはまったくないのだが、えーとな、おれはふだんカラオケでサザンを歌ったり、一部のジューダスプリーストを歌ったりしているが、実は声域的にはものすげえ「フツー無理でしょ」を突破してやっているのだということを、この際はアピールしておきたい、本来は「宇宙戦艦ヤマト」がらくらく歌える声域なんだよ! そういうヤツがhi Aの付近で小回りを利かせたりしているのは、実はスゲーがんばっているなということを見抜くように/hi A付近って、つまり最低音の三オクターブ上じゃねえかよ、明らかに無理があんだよ。

具体的に、できることの幅を広げよう。

「具体的」って、そりゃこれ以上に「具体的」なことはないわな、いつの間にか幅が広がっていたわけだし、まあそりゃ確かにわかりやすーい「幅」だわ/いいかげん誰か僕のことを褒めるように、これ以上おれを奇人変人に育てても何の利益もないぞ。
まあ、人間、己の「身」にマジに向き合ってアプローチすると、本当に「具体的」な成果は得られてくるようだな……利益にならんことまで含めて笑/そんなわけで、どうせヒマに生きるなら、「身」にマジで向き合うほうがまだ楽しいらしいよと申し述べたいのだった。
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(恋人とロブスター)
浜過ぎて 慣れない湘南
曜日が消えて 東西飛んで
生まれたばかりの 潮騒が轟き
星空とネオンの 夜が来た

誰が誰とかわかんなくてさ
わかるのは恋人とロブスター
こんな日だけが続くと思って
そんな日だけが続いたわ!

だからあなたが笑っている/おかえりなさい、いつもどおりね

永遠に続く 夜の都
どこにでもある いつもの居場所 夢多かりし 恋人とロブスター
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正しい抵抗はLove Entertainment
るダンスの先生が、「九折先生の話を聴いていると(コイツはいつの間にかおれを勝手に先生と呼んでいる、ナイスだ)、ごまかしてもダメだということがいよいよわかった、情熱ナシに時間をすりつぶしていたらそりゃ落下しますわ」とメールしてきた。
そういうことは、とてもナイスなのであって、よっしゃおれがダンス教えたろ(※ダンス経験ゼロ)という、わけのわからない逆転現象にもなりかねない/僕はこうした、「んなアホな」という展開が好きだ、わけのわからないことが成り立っていくとき、「あーこの世界を生きているなあ」という感触が直接する。
まあ実際、ダンスの先生であろうがなかろうが、厳密な感覚で視認性の「オン・ザ・ビート」を見せられるかというと、それはダンスうんぬんとは関係ない話でね……と、そんなことを言われるとワクワクするだろ? しないか、いやワクワクしましょうよ、この世界は秘密のナゾに満ちているのだ。
今週末はパーティで、また今回も新しい人が参加してくださるので、サラサラ〜っと飲んでいるあいだに、何か知らんがいいことになればいいな! 何にせよ「熱烈にやる」アンド「こだわらない」というのが吉相だ、熱烈にやったあげく「そんなことしてたっけ」と当人が忘れているぐらいがナイスなのだ、さあ季節は遊び心がまっさかりです、およそ一月から十二月まで遊び心の爆発しない季節なんて存在しないのだった。

僕の本サイトの屋号は「Love Entertainment」だが、なんだかんだ、元から正しいところを突いていて、今もなお正しいところを突けているんじゃないの、と最近になって勝手に思う。
Loveのない娯楽や遊興は、ただの消費になってしまうし、Loveというのもけっきょくはデートしたりするわけで、どこかでEntertainmentとつながっているのが健全だ/僕はLoveの切実さに胸が痛くなるばかりの中、向こうからEntertainmentの現実性が「おい」と高圧的に呼びかけてくる瞬間が好きだ、「ホレ、実際に面白くしてみろや」と。
元からわかっていることだが、愛すれば愛するほど「遊ぶしかない」ということに行き着くのだから、なるべくこのことから離れたくない/もはや、誰にもわかってもらえなくなったとしても、僕は独りでこの道を歩むだろう、いつかわれわれの終焉のときに、「あの人に遊んでもらったな」と、わずかでも永遠に残るものの足しになれたら最高だ。
何をしょーもないことを、と言われそうな気がしないでもないが、そのしょーもないことがおれの最高到達点なんだよ、そりゃおれがもともとしょーもない存在だからだね、おれは銀河系を創り出せるような偉大な存在ではない、創れるとしても、五月の或る一日とか、数年続いたあのこととか、そんなもんだ/しかしそれがないよりはあったほうがいくらかマシってもんだろう!!

この演算はどうでしょうというだけだ、Love × Entertainment。

まあ、それ以外のことは、おれ元々マジメに生きるつもりないし〜、そりゃマジメに生きているヤツがこんなところに四千件もナゾの記事を書いているわけがあるか/もともと「女の子ちゃんが好き」というアホな原点から、「まあ他にすることもないので」ということで、ここまでやってきているだけだ。
それはとてもチンケなことかもしれないが、一点、どれだけチンケでも「ウソ」ではないとだけガンバって主張したい/おれは何もエラソーに言うつもりはないし、きれいな女性さんを見たら「きれいだな〜」とあこがれるという機能しか持っていないよ、僕はなるべくそのきれいな女性に、ウソだけは向けたくないのだった、おれみたいなモンが表面的に立派なことを言い出したらそれは完全にウソってもんだぜ。
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一羽の鳳凰と孤独が大勢

メリカの保険会社と調査会社が、二万人を対象に調査したところ、アメリカ人の43%は、「人間関係は無意味」と感じているそうだ(2018年5月)。
その他、25%は「自分を理解してくれる人がいない」と感じているとか……まあとにかく、「人間ってクソやわ」が蔓延しているということだろう/43%が「人間関係は無意味」と感じているとか、リアルに滅茶苦茶ヤバいやつやん。
今から十年ほど前、2007年、ユニセフの調査によると、日本の子供が感じている「孤独感」が、先進国中でぶっちぎりのトップだった(三人に一人の子供がガッツリ「孤独」だと答えている)わけだから、日本人の感じている孤独感や人間関係のむなしさだって、水面下でドエライことになっているだろう。
ちなみにアメリカの調査によると、孤独感うんぬんは、SNSを使っているかどうかには何も関係ないそうだ、とにかく絶望的な孤独が進行しているという状況だけがある/実際僕も、表面的な「リア充」の女の子が、水面下でまったく逆のことを見つめているという話を、これまで何十回も聞かされてきた、だからこれはどうやらマジのことのようだ。

考え方を逆にしてみよう。
というのは、実は、僕はよく心配されるのだ、「九折さんは天才すぎて、孤独なんじゃないでしょうか」「同レベルで話ができる人がいなくてかわいそう」と、まあ確かにそういう側面もあるかもしれないが、この発想を逆にしよう。
つまり、孤独なのはおれじゃなくてお前らだということ、そう言われたらそれなりにギクッとするところもあるんじゃないのか、ただしくれぐれも、深刻な気分になることは何の意味もない、学門もないくせにシリアスぶるのはやめような、小鯛の笹漬けでも食ってろ(ウマイ)。
現代人にとって、内心で「孤独」というのはよくわかるだろうが、それを「どうしたらいいか」は、さっぱりわからんだろ〜(ざまぁみろ〜)、まあみんなで揃って100億円ぐらい積んでくれたら解決法を教えてやらんでもないのだが、たとえ教えてやったところで実現されるかどうかだな/初対面の人と同じ歌を唄ったことはないか? そのときはものすげえ感動するぜ。

「全員」という事象を知っているおれを、鳳凰のように保護しろ。

現代、あちこちで「炎上」が起こっているが、炎上に人々が群がっているのは、もはや野合でもなくて「孤独が大勢」にすぎないじゃないか、その貧しさたるや、ペンギン村にさえ大きく劣るところだ、どうしたらいいかはホントにわかんないだろ?/そりゃ「全員」という事象へ届いているビートを感得できないとやりようはゼロなのだから、あまりデカい面さげていないほうがいいぜ。
「みんなで」なんて、つまんねーことをおれは言わないぜ、だってそういうことじゃねえし、幼稚園の先生じゃないんだからよ/ただ「全員」の事象だ、全員の目の前に一羽の鳳凰が飛んでいる、その映像がイメジされるのではなく、そのときのビートが聞こえてくるかどうかだ、これを鳳凰理論と呼ぶことにしよう(そのとき孤独が消し飛ぶ世界が現成する)。

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40000

、この記事で四千件目らしいな。
四千件目らしいので、記事のタイトルは、景気づけに40000にしてやった、これが文学ショーというものである。
せっかくなので、たまにはということで、拍手ボタンのなんやようわからんやつを拾ってきたぞ、たまにはこれを押しておれのことを応援するように。

恋あいはするする〜である、だってしょうがない、ボクは愛の人なんだもの。

注目するのをやめろ!!
おれに対してではなく、というか、誰もおれには注目しないと思うが、そうではなく、何に対してもだ、「注目」という状態そのものがいただけない。
注目というのは視力を失っている状態なのだ、見えなくなっているのだ、あなたの大好きなそれはマチガイということだ。
ついていけない感じがするだろ? そのとおり、ついてこられてねえんだよ、注目しているからついてこられてねえんだよ!!

見よ、

お前らだって何回押したってかまわねえんだ。

何をしゃっちょこばっているのか、というかしゃっちょこばるって表現自体が古すぎるというかジジイすぎるか、まあいい、どうよこの短期間に二度も拍手ボタンを掲示するスタイル、これが注目するなということだ。
恋愛はするする〜という記事を、40000件も書いてきたのだな、数が割り増しされているがまあ別にいいだろ、どうせ全部おれの記事でお前らの記事なんだから。

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他人のことなんか知らなくていい
人のことなんか知らなくていい。
インドのガンガー(ガンジス川)に行ったことがあるか? 夕暮れになると祈り(プージャ)が始まるのだが、人がわらわらと集まってきて、こんなもん他人のことなんか知ってどうするんだよ。
他人のことなんか知らなくても、もともとつながっているでしょうが、「つながらなきゃ」みたいなのはもう初めから穴に落ちている証拠でっせ。
インド人は祈っているだろ、僕は美女と美少女を愛しているのだ、雲は夜空を流れているだろ、ほーれつながっているじゃないか、乞食のガキどもはスタタタと川辺を走り抜けていくぜ。

他人のことなんか知らなくていい。
他人のことを、知らないと愛せない・愛されないというのは、もう何かその時点で、すげー負けフラグの感じがするだろ。
ガパオライスを食い過ぎのナゾの外国人と目が合って、ネオンライトの下で言いうるのは、「知〜ら〜ん〜わ〜」の一言に尽きる、だって本当に知らねーんだもの、知らねーけど大好きだよ、たぶん詳しく知るとあんまり好きじゃなくなるだろうな、他人を知るのなんて新聞記事を読むみたいなことだからな。
フラッシュライトは光るのが仕事だ、おれたちの仕事は? まさかフラッシュライトに眼を細めているのが仕事じゃねえよ、おれたちもそれぞれ光るわけだろう、何のために光るのかって、そんなもんフラッシュライトに聞いてこい、「アホか」とバカにされるだろうよ。

識化したら穴に落ちている。

あなたこれ、読んでいて、文章だなあって感じがする? まさかしねえよな、ということは、楽器だって楽器に聞こえたらダメだし、音楽だって音楽に聞こえてはダメ。
他人のことを知ろうとするから、識化して、楽器は楽器に聞こえてしまい、音楽は音楽に聞こえてしまうの、知らなくていいってほうが気が楽なんだからいちいちヘンな抵抗をするもんじゃないよ、フラッシュライトくん。
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