☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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聞く、ということ
「聞く」「人の話を聞く」というすばらしい善性によって、そのことにすぐれた人は芳醇な時間をいくつも生きることができる。
聞く、ただちに! ……ほほう! 交わされる屈託のない笑顔がそこにはある。
人の話を聞くのに、もっとも失礼な方法があるとしたら、それはきっとシリアスな顔でそれを聞くことだ。
まるでうつむいたまま不機嫌な様子で食事をモソモソ召し上がる誰かさんのように、そういった話の聞き方はまったくいただけないものだ。

聞く、確かに、今は耳を傾けただけ損をしたよと思わされるばかりに、まともな話し手がいなくなってしまったのも事実だ。
けれども、「聞く」ということ、そのほほえみに似た善性を、ごもっともな正義の中で手放してしまわないように、それはずっと貴重なものなのだから。
「聞く」というのは、誰にとっても、直接自分の役に立つことではないけれど、まさにそのことが何よりも佳くて、まるで自分のことではない誰かのことを聞くというのが、そのことの佳さなのだ。
「聞く」というのはまるで、お隣さんの植えた薔薇が咲き始めるのを眺めているようで、自分の手を休めていられるということ、そしていくらでも他の誰かの気分になることができるということなのだ。

話を聞くと、まるで他の誰かになれる。

そのことはさしあたり、まるで自分の役には立たないことのようだけれど、いつのまにか自分を救ってくれることもある、つまり無能な自分ではたどり着けなかったようなことに、人の話がたどり着かせてくれることがある――われわれは他の誰かになれるのだから。
いうなれば図書館によく行き、よく勉強する人は、人の話が聞けないはずだ、自分の手を休めるよろこびに疎い人は、いつまでも自分の内心で何事かをいじくるだろう(この世界のすべてに、自分だけで到達できるわけでもないのに!)。
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