☆いい女☆で行こう!

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セックスは性癖の狂乱ではない
度なダンス、バレエ、武術の世界には「色気」がない。
本当は、その世界にもセクシャリティや愛はあるのだが、一般的にはそういったものが見受けられないと感じられると思う。
それはなぜかというと、こわばり(こだわり)を克服した自由な身体は、「性癖」を離脱するからだ。
この話は現在仮説で、これからもずっと仮説にしておきたい、ある種の危険を含んでいるから、そのつもりで聞き流しておいてくれ。

現代においては、周知のとおり、「性癖」は各方面に先鋭化している(本来の国語的には「性癖」はそのことを指すのではないが、この場合はいわゆる「セックスの趣味」として)。
先鋭化した性癖は、各方面で冗談のネタに使われているふうだが、実は「性癖がシャレにならない」という人も少なくないはずだ、自覚があってもなくても、そういうことは現在あちこちで起こっている。
今や性癖は単なる趣味ではなく、「セックスの"不具合"とも言いうる偏向」のレベルになり、人々を苦しめている、そして偏った性癖のセックスを重ねていけば、性癖はさらに強化されていってしまう。
「疑う」世の中になり、「疑う胴体」になると、セックスの機能は"閉じ込められて"歪んでいく、そして「性癖」が始まる、気づいたときにはこの「性癖」から脱出不可能になっていたりする。

人はどうしても、性癖を「真実」と信じてしまう。

性癖は一種の「信仰」じみる、性癖の偏向に苦しめられている人も、そこに一種の「信仰」があるので、「そこから離れるのはいやだ」と感じる、偏った性癖を離脱することは巨大なものを「失う」ことだと感じられるのだ。
現代において、性癖が先鋭化していくのは、疑う胴体がセックスの機能を強固に閉じ込めるせいだ、僕は年長者として言っておきたい、性癖の狂乱とは異なる本来のセックスというのはきちんとあるし、そのことを解き明かすサイエンスもきちんとある、いつか未来に向かおうとするとき、この知識が必要になる人がきっといると思う。
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