☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< セックスは性癖の狂乱ではない | TOP | セックスは性癖の狂乱ではない3 >>
セックスは性癖の狂乱ではない2
き続き、この話は仮説だとして、話半分に聞き流してくれ、ある種の危険を含んでいる。
恥を忍んでいうと、僕は二年前、「歩く」という身体操作を獲得せねばならなかった、理由は「死なないために」だった、僕の友人はよく知ってくれている。
すべてを説明はできないが、間違いなく言いうるのは、僕が「歩く」ために決定的に胴体からこわばりを捨てていったときに、確実に「性癖」も捨てていっているということ。
いわば僕はあのときから、性癖という「信仰」を捨てたのだと思う、いつの間にかそうなっていたのだが、今になってそれがやはり正道だったと確信できている、僕はそれによって死なずに――殺されずに――済んだ。

僕の話を聞いてくれる人のうち、幾人かはこう言えば楽になってくれるだろうか、いわく「性癖じゃなくてもセックスはできるよ」と。
人は何かを信じて生きていかねばならないが、なかなかカミサマを信じられるほど、カミサマを体験できるわけじゃない、カミサマなどと言い出すのは基本的にルール違反だ。
ひとつ、絶対に覚えておいてくれ、「人を疑って生きるしかなくなると、性癖は強固に偏向化する」、そうなるとその後はほとんどその性癖を信仰して生きていくしかなくなる。
次のことを考えてくれ、「根本的な無気力」「イライラしやすくなった」「食欲の乱調(偏ってやたら食べる・パタリと食べられなくなる)」「声が引きつるようになった」「変なハイになりやすくなった」「肌の調子や顔色がおかしい」「入浴しても身体があたたまらない」、これらは性癖の狂乱セックスをしたあとで出てくる症状だ、性癖でセックスしているので胴体は弱っていっている。

あなたは性癖をなくしても濡れることができる。

あなたは信じるものがあれば、濡れることができる、信じるものがない(もしくはなくした)せいで、性癖を信仰せざるをえなくなっただけだ。
女性は濡れる男性としか一緒にいられないだろうし、男性は勃起する女性としか一緒にいられない、と、一般に思われている、けれども本当はそんなことはない、人間はそんな単純な性癖だけでできてはいない/「性癖をなくしたらつまらない」のじゃない、性癖が最後の信じるものになっているので、「信じるものをなくすのが怖い」だけだ。
えっちはいいよな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |