☆いい女☆で行こう!

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セックスは性癖の狂乱ではない6

じ話をしていてもしょうがないので、このへんにしとこう。
人は何かに深入りしないと「生きている」という実感が得られない。
家族と、仕事と、友人と、趣味と、食事と、社会と、思想と、芸術と、物語と、「距離」をとって深入りしないようにすると楽にはなるが、「生きている」という実感がなくなり猛烈にむなしくなる。
このむなしさには耐えられないから、何か裏切られない「深入り」の対象を探す、その対象が「性癖」になるだけだ、麻薬があれば麻薬でもかまわないのかもしれない。

人はキモチワルイものに深入りすることができる。
たとえば「発狂した母親」とか「マザコン男」とか、「童女をなぶりたい青年」とか「敗北の腹いせに拷問処刑」とかはキモチワルイ。
人間は、他に深入りできるものがないと、あまりにヒマなので、これらキモチワルイものに深入りして、それを「真実の体験」などと言い張りたくなる。
だけどそんなものは、直截の春の東風といったような、本当にうつくしいものには勝てっこない、ありがちな変態風情に特権性なんて無いので、あきらめてうつくしい夜に帰ってくるしかない。

深入りできるものは、夢、もしくはキモチワルイもの。

夢に深入りできなくなったとき、人はキモチワルイものに深入りする、それしか深入りできるものがなくなるからだ。
今実際に、キモチワルイものが人気じゃないか? キモチワルイものにしか濡れない・疼かないという状態に実際なってしまうらしいが、それは残念ながら特権的なことじゃない、今もっともありふれたパターンだ。

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