☆いい女☆で行こう!

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選ばれしもの2

ばれる、選ばれない、というのは、うつくしいことで、同時に無慈悲なことでもある。
ただ、当然の正当性もあって、まず選ばれることがない人は、自身も「選ぶ」ということをしていない。
アマゾンでレビュー点数の高い映画を観て、楽しんだり評価したりするというような「つまみぐい」をしているのは、つまり自分が何かを受け取るように選んではいないわけで、こういう人は当人も何かから選ばれることはぜったいにない。
あなたは若い日の自分が観た映画は「これだった」と、選んできただろうか、それを選んできていなかったら、あなた自身も何からも選ばれないだろう。

僕は、この点だけは自負できる、何もかも自分で選んでやってきた、この四月九日だって「どういう日」かは僕が必ず選んでいる。
何しろ、気質的に、自分で選んでいないものはキックしてしまうのだ、僕は自分で選んだことしか何一つやらない。
僕が誰かに「そこに座れよ」と高圧的に言うときは、選んでいるからであって、僕は選ぶということ以外に人や物と付き合う方法を知らない。
そうだな、たぶん、「自分で自分を選んでいる人」に向けては、僕はその人を何かに選びようがないのだろう、「わたしがわたしを選びたい人」なのだから、誰かが彼女を選ぶことは当然不可能になる。

「選んでないからね」の一言で済む。

すべてをつまみぐいしてリーズナブルに「わたし的ベストテン」を決めるようなことは、生きることをふざけているとしか思えない。
顔が広く、色んな人を知っていて、文学や音楽、映画や舞台に、幅広い知識があったとしても、その中でそれぞれを「選んで」いないから、なんのこっちゃわからなくなるのだ/選んでないものは何一つ「あなたのもの」ではないよ。

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