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「進撃の巨人」に見る現代人のモチーフ

画「進撃の巨人」の主人公エレンは、自傷行為によって「巨人」になる。
巨人になると、性質は凶暴化し、意識は自失状態に近くなり、その肉体は蒸気と腐臭の伴った姿として見せつけられる。
これは実に現代人の自意識をよく表したモチーフといえる/しかもエレンがそういう巨人化の性質をもったのは、「親に薬物を仕込まれたから」という筋書きだ。
現代においては少なからぬ人が、そうして「自己爆発したい」「自己爆発できる」という幻想を胸のうちに抱えている、しかもそのドロドロした感触の自暴自棄への衝動は、「親に植え付けられた」というつもりがあるのだ、これは旧世代の漫画「ドラゴンボール」などとは大きく異なる点になる。

もともと「新世紀エヴァンゲリオン」の中にも類似のモチーフは見られる、自分を支配するのは「親」であり、親によって「やけくその大爆発」をしたいし、できるぞ、という幻想がモチーフになっている。
だが実際には、手首を噛みちぎって自傷しても、人は巨人にはならないので、どうなるかというと、彼はときどきこの世界に現れてしまう「弱者を殺戮する通り魔」にしかならない/子供たちを殺戮するとき、子供からは比較的に彼は「巨人」たりえたのかもしれない。
「ドラゴンボール」にあったモチーフ、そもそもの「亀仙人のもとで修行してかめはめ波を身につけたい」というモチーフは失われ、現代におけるヒーローはつまり「わめきちらして自己爆発のスイッチを入れたい、親のせいで」というモチーフで作られている。
だから、現代の少年少女は、自分の時間に「何かの修行をする」ということができず、「親を気にしながらスマートフォンから何か薄暗いドロドロしたものを摂取する」ということをしている、それでドカーンと巨人になれたらまだいいのだが、残念ながら物理的にそういったことは起こらない。

修行をして孫悟空に近づく道筋はあるが、セクシーな制服を着てセーラームーンに近づく道筋はない。

人間の自己超克や突破のモチーフは、案外そんな幼少期の漫画体験で定義づけられているところがある、ドラゴンボールとジャッキーチェンで育った人間と、セーラームーンとエヴァンゲリオンで育った人間は、原型としての自己超克のモチーフが異なるのだ。
「ドラゴンボール」は修行しているし、「ジョジョの奇妙な冒険」も第二部まで修行している、「スラムダンク」もほとんど修行のようなことをしている、しかし現代の少年少女はたぶん「修行」がどういうものなのかが感覚的にわからず、自己超克の仕方をエレンの中に探しているだろう/エレンは自傷からの「巨人化」の能力だけで活躍をし、いつぞや訓練した兵士の能力としては活躍をしない。

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