☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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パーティ報告67
ーティの前日あたりから、やや気管支炎の症状があって、パーティ後、体力を恢復するのに時間が掛かってしまった。
現代、日本人はおおよそ無神論の感覚で生きていると思うが、ここ数年は、無神論に加えて「無性論(むせいろん)」の感覚があるのだと思う/「カミサマ」を馬鹿くさいと感じるように、「オトコ」「オンナ」を馬鹿くさいと感じる状態のことだ。
男女という性別が、ノンフィクション上にあるのはやむをえないことだが、それぞれが「男だから」とか「女だから」とかいう性的なストーリーを生きてはいない、これは無神論になぞらえて無性論と呼ぶことができる。
無性論の感覚で生きる人間は、何も悪くないが、どうやら「自己を追求する」という動機そのものも消失してしまうようだ、今回は「無性論者は自己の追求を放棄する」という発見が得られた。

かといって、もちろんこのご時世に「オトコ!」「オンナ!」「セックス!」なんて求めている奴は、気色悪いに決まっている、たいていそこに思い描かれているのは性愛ではなく性癖のセックスだからだ。
とはいえ、自分が生きるのに、カミサマもなければセックスもないとなれば、あとは娯楽と労役と納税しか残らないのだが、娯楽と労役と納税だけであと四十年生きろと言われたら誰だって生きる気をなくすだろう。
「神業にいたる必要はないけれど、神業に至っていないものを"評価"するべきじゃない、"評価"なんかもらわなくても生きていけるだろ? 要りもしないものを求めるのは厚かましいよ」ということを話した。
生きるための業を「生業(なりわい)」といい、それにとどまらない神がかりの業を「神業」というのだが、出来ることなら生業の料理人より神業の料理人に、メシを作ってもらいたい、そういうメシが食いたいんだよな? そこをフェアに行こうぜということを話した。

僕が翌朝まで話し続けるのをやめないのは、そういう強さを自分に追求しているからだ。

たかだか酒の十杯と、十二時間ぐらいで、脳みそがヘバっていてどうする、最初から最後までおれは完全に面白くないといけない、と、僕は自分を追求している、人に勧めるようなことではないが僕自身はそうしている。
十二時間どころか、けっきょくほぼ二十四時間話し込んだわけだが(翌日の18時まで話していた)、ちょっと気管支炎のせいで最後はヘバったところがある、こんなんじゃ弱いなと僕は納得できずにいるのだった。
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