☆いい女☆で行こう!

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文化を持たざる民3
とえば「学校」はどんなところか? それは「学校」という文化を知らなければわかりようがない。
「先輩」「後輩」とはどのようなものか? それは「先輩」「後輩」という文化を知らなければわかりようがない。
「男」「女」とはどのようなものか、「社会人」とはどのようなものか、それもそれぞれの文化を知らなければわかりようがない。
人が人にあいさつをしたり、頭を下げたり、親睦を深めたり、それって「どういうもの」なのか、文化なしには何もわからない、わかりようがない。

当たり前だが、文化がなければ人間もただのアニマルでしかない。
情報を記憶した、気分で動く経済的なアニマルだ、記憶した言語をしゃべるが、それはほとんど気分を表す「鳴き声」でしかなくなる。
たとえば「乾杯」という動作があるが、それは覚えさせたらチンパンジーだって覚えるだろう、が、チンパンジーはさすがにそれを「文化」とは捉えられない。
もう何年も、人と人とが「握手」をする光景を見ていない、すでにまったく甘くない状況だということをお伝えせねばならない、文化が失われたということは反省で取り戻せるものではない。

僕が駅前で友人と握手したとき、そこはかとなく「ギャラリー」まで生じた。

すでに「握手」をすることでさえ、見慣れない文化として通りすがりに観客を生じるような状況にある、事実ここ数年に友人と握手をしたことがないという人は多いだろうし、「握手」を差し出す文化の仕方が実際的に「わからない」という人が多数あるはずだ。
「学校」も「先輩」も、「社会人」も「男女」も、果ては「あいさつ」も「乾杯」も「握手」も、「頭を下げる」ということも、「わからない」のだ、情報として記憶されているだけで、そういった文化はすでにわれわれの所有するものではない。
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