☆いい女☆で行こう!

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エリ・オジルビア、これは暴力ではない

一人、何一つ、間違っていないが、もし何かの「世界」を体験したいということなら、すべて間違っているかもしれない。
ダンスが得意で、笑顔の商材写真が印象的な、実はアニメオタクでもあるエリ・オジルビアさん(36)の、ダンスとトークと酒をたくさん共にしても、そこに何かの「世界」が体験されてくるということはきっとないからだ。
もし、それを間違っていると言ってしまえば、それはもう、眼差しから表情から、声も考え方も言葉遣いも発想も、胴体から全身の使い方も全部間違っていると言わざるをえなくなってしまう。
あなたは僕よりエリ・オジルビアさん(36)のほうが好きだろうが、問題は、僕よりエリ・オジルビアさん(36)のほうが本当に「やさしい」と感じられるかどうかだ、あなたの「好き」にはいつの間にか、本質的にはやさしくない人が紛れ込んでいる。

うーむ、何もかもが間違っている(か、もしくは僕の何もかもが間違っている)。
それにしても、あなたが「友好」を得られるのはエリ・オジルビアさん(36)のほうだ、何しろエリ・オジルビアさん(36)には、あなたを蹴っ飛ばしてでもあなたに伝えようとする何かはない。
僕はつい、あなたを蹴っ飛ばしてでも、あなたに伝えようとする何かを持ってしまう、「何もかも間違ってんだよ」と蹴っ飛ばされたら、さすがにそんなもん「友好」とはいかない。
「何もかも間違ってんだよ」と蹴っ飛ばされて、何か正しいものが得られりゃまだしも、それで得られるというわけでもないのだ、だからエリ・オジルビアさん(36)のほうが「はるかにいい」と一般的にはなる、あげくに僕はそれを「まあそれでいいか」と思っているのだから救いがない。

僕は自分を「ろくでもない」と思っており、僕自身を蹴っ飛ばされることに違和感がないので。

単に僕の育ちが悪いからなのか? 僕は「おもんない」とか「気ィ悪い」とか「できてへん」とかいうときには、蹴っ飛ばされるのが当たり前だと思ってきたし、今もその感覚でいる。
僕が後輩やガールフレンドを蹴っ飛ばすところを見たら、エリ・オジルビアさん(36)はびっくりして眉をひそめるだろうな、でも蹴っ飛ばされて笑い合えるぐらいの度量を持ってほしい、エリ・オジルビア、こんなもん戦争の何億分の一だよ。

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