☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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届けば様子をうかがわない

代、人は人を疑わざるをえなくなった。
疑うようになるとどうなるか/人は人の「様子をうかがう」ということをやりはじめる。
様子をうかがうということは、すでに人間のやりあいではない。
人にきらわれたっていいじゃないか、腹の底、ヘソの下で何かを信じれば、様子をうかがう余地なんかないはずだ。

話はしばしば、相手の言語野に向けては通じない。
そんなことは大前提だ、様子をうかがう必要はない、どうせ言語野で通じてはいない、だが腹の底で届く何かがある。
それは爆発的なものだ、爆発は、相手にぶつかってしまうと戦争になるが、そうでなく届くときは歓喜に作用する。
人にきらわれるなんて、たいしたことじゃない、きらわれてもかまわない、ただ届いていないというのはいけない。

腹の底で届いたら、もう様子をうかがう必要はない。

僕のことをきらう人、あるいは好いてくれる人、いるのかいないのかわからないが、好きかきらいかなんて様子をうかがっていないとわからないことだ。
誰だって、別に好かれるために生まれたわけじゃない、様子をうかがうために生まれた人はいない、様子をうかがうという便利な方法は、便利なだけに間違っているのだ。

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