☆いい女☆で行こう!

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「強くあろう」とする人

だって、人に気持ちよくあいさつをするべきだと思っているし、ジョークやユーモアをもって、人と親交を深めるべきだと思っている。
が、「強くあろう」とは、意外に誰でもは思ってはいない。
「強くあろう」とは、誰もあまり思っていないのだが、実はたとえば「人に気持ちよくあいさつする」というのも、一定の「強さ」が要るのだ。
「強さ」の前提なしに、まともなことをしようとし、まともなことをするべきだと考え、まともな人になろうとしても、うまくいかないのだ、前提に「強さ」がないとすべては破綻してしまう。

人は誰だって文化的でありたい。
文化的でありたいのだが、文化とはそもそも、「人の弱さを断じ、強さに向かわせるために受け継がれる一切の様式」のことを言うのだから、「強さ」が前提になくては成り立たない。
たとえば、夫婦喧嘩をやりまくっている二人について、それを「文化的」と感じることがありえないのは、夫婦喧嘩は必ず人間的な弱さから発生しているからだ、こうした弱さの爆裂の方向に「文化」はありえない。
人は文化的であることに憧れて、着物の着付けや生け花や茶道教室に興味を持ったりするが、真に文化的であろうと望むなら、静かに「強くあろう」とするほうがよほど正しいし近道になる。

人を弱くするものまで「文化」と認めるのは不正だ。

特定の何かに言及することは避けるが、たとえば麻薬を代表的に、人を弱さに引き込むようなものまで、それらを「文化」と認めることはできない/そしてあなたが強くならないのなら、あなたは文化を得たことにはならない。
「強くあろう」とする人がいて、一方、そうはしない人がいるけれど、この根源的な差はごまかしが利かない/人は自分の弱さに向き合った者から順に文化的になっていくものだ。

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