☆いい女☆で行こう!

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情熱はどこから湧いてくるか4(ガマンと耽溺願望の構造)
やあ、こりゃ本当にまずいな。
たぶん、少なからぬ人が、耽溺している人のことを「明るい」と思っている。
ガマンの暗い時期があり、それが過ぎれば次は耽溺の明るい時期があるのだと、単純に思っていて、そのことを「そのうちいいことあるさ」と冗談でなく思っているところがある。
「暗い受験勉強を終えて、無事大学に入って、彼氏ができたからリア充になって明るくなった」と、冗談でなく思っているところがある、これは本当にまずいことだ。

受験勉強だろうが、恋人だろうが、「情熱」なら同じだ、どちらも本来は情熱をもって向かうものだ。
◆正:受験勉強(情熱)、恋人(情熱) ◆誤:受験勉強(暗・ガマン)、恋人(明・耽溺) と、こうして並べて書けばわかりやすいか。
「弱さを焼き払うのが情熱」、これは変わらない。
「弱さを抑圧する苦しさがガマン、暗いのよ」「弱さをぶちまけていい快楽が耽溺、明るいのよ」というような、目を覆いたくなるような概念を往復しないでくれ。

参考書も恋人もボロボロになるまで愛するのが情熱。

ガマンが暗くて、耽溺が明るいとか、そりゃいくらなんでも「煩悩」そのまんますぎるだろ……ちょっとは直観的に気づけよ、まして煩悩もどうせ執着になって暗くなるよとミエミエに予言されているんだから。
情熱とは、自分の生きることに現れてくるすべてのことを、何もかも肯定して笑えるものにしてやろうとする力のことだ、自分にとってオイシイものに執着して追いかけまわすことのどこが情熱でありうるものか。
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