☆いい女☆で行こう!

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おしゃれ画風について念のため
あいものとして、おしゃれ画風のショートストーリーマンガが「リツイート」されているのをよく見かける。
細身に描かれたおしゃれな二人が、幼馴染同士として「こうなれればいいな」というふうに表現されているのをよく見る。
そういったものに、こころときめく(ときめくからリツイートされているのだろう)ということがあるのだと思うし、そのことは僕もわからないではないのだが、僕は僕の路線として、ここではある種のことをハッキリさせておかないといけないのだろうな……と、どうでもいいようなことを思う。
おしゃれ画風にキモチが「ふわっ」とする人は、あくまで「念のため」として、こんなことを知っておいてもいいのじゃないかと思う。

おしゃれ画風の二人に憧れたとして、生身の人間は「ああいうふう」にはなれないのだ。
なぜなら、「ああいうふう」にやろうとして見ても、「声」と「眼差し」がヘンになってしまうからだ。
あくまで念のためのこととして、知っておいて損はないと思うのだが、おしゃれ画風に示されるような恋人像を目指そうとしても、必ず「声と眼差しがついてこない」という問題に頓挫してしまう。
たいへん残念なことに、われわれは「肉声」しか発することができないし、目の色だってナマモノなのだ、それらは実際にはおしゃれに取り繕えるものではなく、生命力をもってしか輝かないものだ/おしゃれ画風へのあこがれは声と眼差しにおいて頓挫する。

実際の「あなた」は、声と眼差しのものだ。

モニタ越しのアイドルなら、演出表現によって類似の何かになりうるかもしれないが、ほとんどの場合あなたは生身で人と付き合う、すると「あなた」とはすなわち「声」と「眼差し」なのだ、あなたのあこがれは実際にはあまり役に立ってくれない。
マンガとしての表現に、あまり浮かされないように、あなたはマンガを見ることができても、他の誰かはあなたをマンガ的に見ることはできないのだから。
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