☆いい女☆で行こう!

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哲学のまるでない銃弾

信を持つことが第一だと言ったが、善良ぶって言ってみると、このことにはコツがあるんだ。
まず、自信が持てるということは、お前が安心できるということじゃない。
安心のために自信を持ちたいと思っている奴は、その弱さから永劫に救われないだろう。
自信を持つということは、むしろ逆で、自分には「敵」がありうるということ、そのことをヘッチャラで生きていくってことなんだ。

まず、誰ともドンパチなんか始めないことだ、またそういう決意は、不思議と全身に滲み出るものだ。
ドンパチをやらない、ということは、相手に対して「敵でいてくれていいよ」と投げかけていることになる、敵でいいし、ドンパチがないなら互いに味方ぶる必要もないんだ、だから互いに笑っていられる。
向こうは向こうで、自信の持ち方を手探りしている、誰でもそうなんだ、そのことを察してやることだ、自己中心的にならず。
重要なことは、誰だっていつでも困っているということで、相手もいつも困っているってことだ、困っているのはお前だけじゃない、だからお前は困ったまま生きている奴でいていいんだ、誰とも等しく、それが自信を持つということだ。

敵がいて、しかしドンパチはしない奴が、「平和」ということだ。

敵がいない、なんて状態はありえない、敵なんかいないと妄想したがる奴は、敵の可能性に毎日ビクビクしているだろう、こういった奴はいつも内心でドンパチの準備をしていて、泣きそうなほど母親のような味方をほしがっている/そして武力がないのでチンマリ縮こまって生きているものだ。
敵とはドンパチしなきゃいけないなんて、誰が決めたんだろうな? おそらく自分の正しさと敵の正しさを比較したがるアホが、自己中心性のストレスに耐えかねて、哲学のまるでない銃弾をぶっ放すだろう。

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