☆いい女☆で行こう!

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愉快さの男

とえば、「♪は〜るばる、来たぜ、函館へ〜」という歌がある。
この歌を北島三郎が歌うと、なぜかわからないが、どうしようもない愉快さが起こる。
僕は演歌はまるで趣味ではないが、そんなことは関係なく、何か愉快にさせられて、「ああ、函館か」「男だなあ」という納得と敬いが起きる。
この、わけのわからない、きっと上等でさえない「愉快さ」は、男性特有のものだ、たぶん「楽しさ」で勝負したら、しょせん男は女にはかないっこないだろうから、僕は男なら愉快な人間でありたい。

たとえば、義理人情をもって、人にお中元やお歳暮を贈ることは女性にだってできる。
が、そういう義理人情やお中元やらお歳暮とかを、おっさんがやるのはなぜか「愉快」なのだ、この「愉快さ」だけはなぜか男性だけが特権的に持っている。
この「愉快さ」は、きっとペニスそのものによって起こっていて、つまり北島三郎が「ちょっとションベンしてくらぁ」と立ち上がるだけでそこに愉快さが生じるのは、男性がペニスを所有することに引き起こされているのだ/女性が同じことをやってもそこに愉快さは生じない。
学問でも、仕事でも、決闘でも、食餌でも、喫煙でも、最悪は戦争でも、何でもそうなのだが、男性はそれらを「愉快」にできるのだ、これは現代の男性が男らしく生きるために唯一の道かもしれない。

「楽しそうな男」は、どうしてもオカマにしかならない。

男というのは、愉快にメシを食い、愉快に酒を飲まねばならないのだ、それは女から遠ざかるということだよ、しかしきっと女から遠ざかってくれる男がいてくれることを女は本心では望んでいるだろう。
女性が一人で函館まで行ったら、「津軽海峡冬景色」になってしまうものな、女性はついに男性ほどのアホみたいな愉快さは持てないのだろう、男女それぞれに限界というものがあるものだ。

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