☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< '96, | TOP | 文化の主体は、文化そのものにある >>
自分の未来にアメを据えるな
「アメとムチ」という言い方がある、たとえば有名大学に入れば人生は勝ち組になる。
一方、勉強をサボってFラン大学に入れば、お先まっくらだ、だから勉強しよう、それがモチベーション……こういう考え方は「アメとムチ」に属する。
この「アメとムチ」に駆り立てられて受験勉強をした場合、その人は学問に向かったのではなく、アメに向かったのだということになる/アメに向かってムチにおびえたのだ、それは強烈な動機づけではある。
この強烈な動機づけ方法は、表面的には目標に向けて功を奏するだろう、だが「アメとムチ」は見たままあきらかに、家畜を調教する方法でしかない、そこに人間が文化を営むということは起こっていない。

「アメとムチ」というのも、便利な方法なのかもしれない、けれども当然、この方法ではカバーしきれないところも出てくる。
たとえば、「世話になった人にお礼状を書こう」と考えたとする、しかしこのとき、お礼状を書くことはアメにつながるわけではないし、書かなくてもムチにつながるわけでもない。
そうなると、この人はもうお礼状を書く動機がなくなる、世話になった人に礼状を書くのはただの「文化」なのだが、アメとムチで動いてきた人はこの「文化」という動機のありようを感触ごと知らない。
ひどい人になると、何歳になっても、「親に褒められそうなこと(アメ)」をし、「親に叱られそうなこと(ムチ)」をしないという、ただそれだけの原理で動いている、家畜のような人がいる、この人は表面上は実に善良な人に見えるのだが、こころが文化に接続しておらず、内面的には文化のない獣なのだ、そういう人は世の中に思いがけず多い。

アメを鼻で笑い、ムチを遠く聞き流せ。

それでこそ人間じゃないか、それでこそ精神だ、文化は強い人のものだ/そんなに本当にアメがほしいか? そしてそんなに本当にムチが怖いか、「アメとムチ」が本当に人間か。
自分の行く先、自分の未来にアメを据えるな、アメに比べれば、文化も学問もクソッタレだが、そのクソッタレに向かえてこそ人間なんだ、アメなんか蟻の巣に吐き出してやりゃいいんだよ。
恋女のマインドね | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |