☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< パーティ報告70(2) | TOP | パーティ報告70(4) >>
パーティ報告70(3)

回、パーティの最中、わずかだけ声を荒げてしまうシーンがあった。
それは、僕自身こんなに強い尊厳を覚えていたのかと、今になって自分で驚きもするのだが、学門(学問)が嘲弄されたからだ、もちろんそのことの発話者においては、そんな嘲弄をする意図があったわけではない。
だが僕は、血相を変えてねじ込んだと思う、「学門は"趣味"じゃないぞ、『学門』というジャンルだぞ」と/なぜ血相を変えてまでそう言わなくてはならなかったか? 今になってその理由がわかるようになった。
「学門」というのは、「知識」ではないのだ、「学門」というのは「この世界とお話すること」そのものなのだ、僕はこれを「知識」にごまかそうとすることに、やってはいけない歪曲の気配を確信する、それはたとえば神学のすべてに向けて「つまり祈ってればいいんですよね!」と総括するようなことで、必ず罰の下るような凶相の行為なのだ。

「学門」は「知識」ではないのだ、このことがわかっていない人は、学校に通っていた時間のすべて本質的に無意味な時間と感じていただろう。
「学門」とは、「この世界の声を聞くこと」、つまり「重力があるからリンゴが落ちるんでしょ?」という「知識」が学門なのではなくて、「質量をもった物体は力を受けると加速を生じ」「地球の質量から生じている引力に引かれた物体は9.8m/s^2で加速し続ける」というこの世界の性質を聞き遂げるのが「学門」だ。
僕はあなたに、「救いがたい愚者」になってほしくはない/「救いがたい愚者」はここで、「むつかしい計算はわかりませんけれど、つまりその加速し続けるっていうのが重力っていうことですよね?」と自分で言い直す、必ず「学門」を「知識」にすり替える、この決してやってはいけない禁忌をどうしてもやってしまう。
現時点のレベルで、その学門の内容がわからないのはいいのだ、それはまだ勉強不足で「そのレベルの世界の声は聞き取れない」ということなのだから/しかしこれを嘲弄して「知識」にすり替えてしまうと、この世界には「声」などないということになってしまう、その行為だけは絶対にやってはいけない、あなたの「知識」がこの世界を席巻して超越するなんてことは絶対にありえないのだから。

百姓は、「農作業」をしているのではなく、「作物が実る」という学門をしている。

もしあなたが百姓になり、死ぬまで「農作業」を繰り返すだけだったとしたら、あなたの暮らしは生き地獄じゃないか/農作のノウハウのすべてを暗記しているということは、「作物がどう実るかを知っている」ということではない、人工知能が「作物の実り」を学門することは決してない。
あなたが人間のこころについての「知識」をすべて持っていたとしても、あなたは自分の「こころ」に何の手出しもできないし、何の解決にも向かえず、どこに進むこともできないだろう、それはこころについての「知識」を持っているだけで、「学門」を得ているわけではないからだ、「知識」はペラペラの紙に書かれた何かを暗記していますというだけのヒマなことにすぎず、それはこの世界の声を聞き取りながら生きているということにはならない。

そのほか | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |