☆いい女☆で行こう!

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パーティ報告70(4)

回は報告が多いな、しかしこのことも忘れないうちに報告しておきたい(忘れる気マンマンかよ、という指摘もある)。
「高貴、高貴!」という揶揄の仕方もして遊んだのだが、これは実に重要なことだった/実は「高貴な人は何も身につかない」という法則があるのだ。
法則というか、性質というべきなのかもしれないが……たとえば料理は料理人の業(わざ)だし、武術はサムライの業だ、ここで気づかれねばならないのは、「高貴な人は料理人になんかならない」し、「殿様はサムライにならない、むしろ殿様に『仕える』からサムライなんだろ」ということだ。
「たとえばバイオリンなんかが、いかにも高貴なイメージがあるけれど、気づかなきゃいけないのはここだ、『高貴な人』はバイオリンの演奏を聴きに来る側の人であって、バイオリンを演奏する人の側が高貴なのじゃないよ」と僕は話した。

これは我ながら、重要な指摘をブチ込めたと、よろこんで自負している、実は能力や努力うんぬんでなく、「高貴さ」がすべてを支配しているところがある。
たとえばあなたが、「学門はわからんし、仕事もいまいち、料理も運転もへたくそだし、歌や踊りやおしゃべりや笑いもモッサリで、文武両道? 武術なんか一番身につかないだろうね」という人の場合、それは能力が低いのではなく、気質が「高貴」だからなのだ、「高貴」だから身につかないという鉄則がある。
高貴な人というのは本来、身支度も食事も執事や家令がやってくれるもので、「仕事」なんてもってのほか、自分でするべきことはせいぜい頬に高級な粉をはたくことだけだ、高貴な人は本能的に「自分は何一つやる必要はないし、何一つやるべきではない」と知っているので、何かが出来るようには絶対にならない。
問題は、家に執事も家令もいないのに、その「高貴」がどこまで維持できるかだ、「高貴」が自分で検索してアンジエイジングをしているのでは目も当てられないだろう/「どうすればいい?」と訊かれて、「うーん、カリブ海の船上パーティで石油王に見初められて婚姻し、執事と家令にかしずかれる暮らしを手に入れるしかない」と、めちゃくちゃな話をした。

「あっしみたいな下賤は、いろいろできるようにならにゃいかんかったんです」と僕は話した。

みんなゲラゲラ笑ってくれたし、「高貴、高貴!」と囃すと、「やめて、助けて〜」と笑うようだったから、みんなマトモだ、それでいて「たしかにどこかで高貴ぶってるよ」「カマトトぶってるもん」とみんな自戒するようであったから、これから先は何か新天地があるかもしれない。
現代にはスターシステムというものがあって、芸達者を「スター」に仕立てる仕組みがある、それによって人々は「スター」に憧れ、「向上心」はいつの間にか「高貴さ」に向かうようになるのだが、本来は逆だ、気質が高貴さに向けて加熱していくようでは、本人の芸は勢いよく下落していくのみだと、僕のような河原者はお話ししておきます。

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