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「誰かと共に生きるために、優秀でなくてはならない」3

「誰かと共に生きるために」ということが、第一の念頭にあるか、実はこれがあるかないかで行き先が大きく変わってくる。
人間の脳みそというのは、その当人の意識よりも正直なものだ、当人の意識がどうごまかしていても、脳みそのほうはその本音を容赦なくブチ抜いてしまうところがある。
つまり、「共に生きるのでないなら」と、脳みそのレヴェルではこうブチ抜かれてしまう――「共に生きるのでないなら、力のあるところに媚びればいいじゃん、それで済むじゃん」。
脳みそは正直なところ、ここだけに全力を尽くす、「力のあるところに媚びる」ということだけに全力を尽くす、えげつない言い方をすれば、「権力者を見ると問答無用で濡れてしまう」という女性は世の中にまったく少なくないのだ/そういった人が意識的に清潔な努力をしても、その努力は必ず空転する、なぜなら脳みそのレヴェルでは「それ要らなくね?」という判断だからだ。

つまるところ、「一人で生きる」というのはけっきょく不可能なので、脳みそのレヴェルではほとんど二者択一しかない、1.誰かと共に生きる2.力のあるところに媚びる、だ。
この二者択一のうち、「力のあるところに媚びる」を選んでいる人は、もう脳みそのレヴェルで「優秀さとか要らなくね?」なので、それ以降は何をどうやっても優秀さが獲得されていくことはなくなる、本当にポッキリ0ポイントになる。
一方では、「力あるところに媚びる」という人が増えてくると、それを絡め取って肥え太っていく人や組織が成り立ってゆき、それは実際おっかないシステムとして実在するのだが、まあそんな怖い話はやめておこう。
覚えておいて損はない話、「誰かと共に生きる」ということができない場合、「力のあるところに媚びる」ということだけを、知らず識らずやり始める、そしてそれはたいていどこかで力のある側のシステムに絡め取られるものだ、インチキの「共に生きる」がカルト宗教に取り込まれるように、「力のあるところに媚びる」も社会のインチキな部分に絡め取られるようにできている。

あなたの「媚び度」に応じて「優秀です」と認めてくれる某システムにご用心。

たとえば学校でも、学門の修了程度と関係なしに、教師や教育システムへの媚び度が高い者に好成績を与えて「優秀」と認める制度がある、これに乗っかっているとたとえば女性はいつの間にか内心で「尽くすタイプ」を自認するようになったりする、「媚び度=優秀」という発想がこびりつくのだ。
なぜか、「誰かと共に生きる」ということは、いつの間にかの禁句になってしまったかのようで、学校の先生でさえきっと「誰かと共に生きるためにです」とは言わないだろう、これはまずい/けっきょくは「共に」生きるか「媚びて」生きるかしかないのに。

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