☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 「誰かと共に生きるために、優秀でなくてはならない」3 | TOP | D妄想、人は割と妄想の中を生きている >>
「誰かと共に生きるために、優秀でなくてはならない」4

かと共に生きることは得意だろうか。
苦手な人が多いのかもしれない。
かえりみて、僕はこれまでに、一人で生きたという時間がほぼゼロなのだ、四十日間インドに単独行していたときさえ、現地のインド人とワチャワチャしていたので、「一人で」という時間はけっきょくなかった。
初対面のMくんの家に一ヶ月一緒に暮らしたこともあったし……あまりプライベートのことは言いたくないが、とにかく僕は、これまで傍らに人がいなかった時間がほとんどない、僕はきっと「共に生きる」ということがそれなりに得意なタイプなのだろう。

「共に生きる」ということが苦手な人にとっては、「お高くとまっていられる」という地位が、あこがれというか、垂涎の的だ。
本当に孤独だとさびしくて死んでしまうので、多くの知人に囲まれていたい、しかし「共に生きる」ということは苦手なので、多くの人に囲まれながら「特別に高い地位」を持ち、ツーンと孤高風味&クールワガママを振る舞えるのが「イケてる」とこころの底から思うわけだ。
たとえば、暗く寂しい歌を唄う、芸術的・実力派シンガーのようなものになって、特別なドレスと特別な気配をまとっている、そして「わたし今日はメロンを食べたいの」と言うと誰かがササッと買いに走る、そういうのが「イケてる」とし、そういうのなら「こころの底から目指せる」と感じている。
つまり……誰かと共に生きることが苦手な人に向けて、誤解させ錯覚させ、取り込んで散財させるシステムがきっちりできあがっているのだ/その「苦手」を隠蔽したままあなたは特別な人になれますよという幻想を演出して、あこがれて取り込んだ層から機械的に富を搾り取るのだ、なんともまあおそろしい話じゃないか、残念ながらそちらの行く先にはゴールはなくて、たいてい行き止まりでは「力のあるところに媚びる」がはたらいている。

孤高風味&クールワガママの背後には、「力」。

孤高風味&クールワガママの背後には、実は十中八九「力」があって、本当のところはその「力」に媚びているので、当人はまるで孤高でもなければクールでもなし、ワガママふうも見せかけなのだ、本当は「力」に支配されたカゴの鳥だ、これは本当におっかない話だなあ。
たとえばあなたは、テレビの中に孤高風味&クールワガママの誰かを見てあこがれたかもしれないけれど、じゃあなぜあなたはテレビを通してそれを見ることができたのだろう? そう考えるとちょっとは見え方が変わるかもしれない、うーん僕はおっかない話は苦手だ。

正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |