☆いい女☆で行こう!

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願望バッフ〜ンのこと

分はどう生きるべきか?
と、そう考えたときに、どうして願望がバッフ〜ンとなるのだろう。
自分はどう生きるべきか、という、学門について問うているのに。
「○○がしたい」「○○でないとイヤ」「○○でありたい!」と、なぜそういう、願望バッフ〜ンが出てくるのだ、それは脳みその仕組みがおかしいだろ。

ふと冷静になって思うのだが、自分に何か特別な仕事がこなせたり、特別な存在になれたり、特別に誰かに愛されたりというようなことは、基本的に特殊なことであって、そんなことは「普通ない」と認識しておかねばならない。
なぜそんなに「特別」ということがすべてのトリガーになるのかわからないが、特別というのはその字義のまま「特別」のことであって、普通にはありふれていないから特別と言うのだ、ここで「わたしも人並みに特別扱いされたい」というのは論理としておかしい。
このあたりは、言ってみれば、「特別扱いされないと負けです、屈辱です」という思想を持つように、思想をコントロールされているのだ、冗談でなくそういう思想コントロールは世の中に実際ある。
自分はどう生きるべきかと考えたとき、それは学門として考えるべきなのに、そこで自己特別化願望がバッフ〜ンとなるのはまずい、いったい何を根拠にその願望バッフ〜ンは出現しているのだ、学門を爆破して押し通るようなまねはやめよう。

願望バッフ〜ンさんは、自分では「ささやかな」つもりでいる。

「ささやかでいいから、静かで落ち着いた暮らしがあって、自分だけを愛してくれる人がいて……」というのだが、それがささやかではないという話、もし生涯にわたって自分のことを愛してくれる誰かがいたら、それが少しだけのことであっても、「なんて大きなことだろう」と感じないようでは、すでに尺度が狂っている。
生涯の友人とか、生涯の仕事とか、もしそんなものが手に入ったら、それだけで普通はきらめかんばかりの「僥倖」だ、あなたはそれを「普通でささやか」と思っているかもしれないが、それは願望上の「普通」であって、学門が教えるところの「普通」ではない。

正しく見ないとな | comments(1) |
コメント
ほんまや(冷汗、ダラダラ)
2017/08/01 1:30 AM by どく
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