☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 破壊と創造 | TOP | 強くなるために、やりとげることを >>
「誰かと共に生きるために、(以下略」←しつこい

日に記事を書きすぎだ、まあいいか……
「誰かと共に生きる」ことが必要だし、なんというか、多くの人々が「ひとつになる」ということが必要なのだけれどね。
と、別におれがエラソーに言うことでもないのだけれども。
おそらくその、「ひとつになる」というのは、一般的に想われているようなことではないのだ、そのことを、この大天才である俺様が教えてやろうかなっていう、まあとにかくヤキモキしているところがあるのだった。

「ひとつになる」というのは、僕の考えとあなたの考えが、説明され整理され、合意されて、揃う、ということではないんだ。
直接、人から人へ、人の真ん中から人の真ん中へ、僕の真ん中からあなたの真ん中へ、「光」が入らなきゃいけない、光が入るというか、光に「なる」というか。
それは、一般的に想われている「コミュニケーション」とはまったく格の違う現象だ、しかし、この「全員が直接、同じ光になる」ということが起こらないかぎり、多くの人が「ひとつになる」なんてことは起こらない。
何言ってんだコイツ、という話なのだが、今ここに話している現象は「本当にある」のだ、「ひとつになる」というのは、説明されて合意されて意見が揃ってひとつになる、なんてことじゃないんだよ。

すべての意見が破壊され、全員がそこにある光のみに従う。

そういうことは、実際あるもんだ、本当にそういうことが起こる「現象」が科学的にあるのだ、それが時代と共に失われていったものの正体だ。
破壊」というところがポイントだね、全員が破壊されるから、全員が光になり、光のみに従う、若い広場で、意見なんか要らなかったんだと全員で気づく瞬間がいつかある、それはそれはおだやかなものだ、破壊はおだやかなものだ。

正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |