☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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膜に包まれたようにボーッとして……
「あなたに会うまで、わたしずっと、膜が張った中に生きていたの、何もかも他人事のように感じていて、自分がこの世に生きているってことがわからなかったの」
僕はそれを、離人症のたぐいだなと理解したが、あえて余計なことは言わなかった、病名はすべてウソで、病名ふうに言うことなど人間の現実逃避にしかならない。
「わたしその膜の中で、ずっと寝てたのよ、ひたすら寝てたわ、この膜がまた、眠るのにはちょうどいいのよ、何にも傷つかずに済むし、自分は夢の国に行けばいいのだからって。ずっとそうしてた」
「うん、本当はそんな奴ばっかりだよ、世の中って」と僕は言った、「ねえどうやったらこの膜はやぶれるの? どうやって人は膜からハッチアウトするの」と訊かれたので、僕は「人とのつながりで」と答えた、「人間は、膜に覆われてしまうのではなくて、もともとが膜の中にいるものなんだよ、その中から出てくる機会があった人は出てくるし、その機会がなかった人は、ずっと膜の中でボーッと麻痺したまま生きるんだ。そんなもんだよ」。

いいかげん経験上、はっきり分かることがある、人がこの世界に「生きている」「存在している」と実感する現象は、単純な「呼応」によって起こっている/その「呼応」が起こるまで、人は膜の中から出てこない、出てくる原理も方法もない。
「呼応」といって、何もむつかしいことではない、単に「オイ!!!」と呼ばれるということだ、「お前だ、お前!!!」と、直接その胴体(こころ)に呼びかけられる、すると生まれて初めて呼びかけられた人は、「え? わたし?」という感触に驚く、そのとき初めてこの世界に「わたし」が存在していることを直覚する。
やがて屠殺してしまう家畜なら、そうしたボーッとした中を生かしてやるべきだが、人間にも同じく、ボーッとした膜の中を生きて、よくわからないが毎日タクシーの運転手をしている、というような人があるのだ、それは悲劇ではなく事実であり、悲劇というよりは「秘密」のことだ。
よくわからないが、教科書に書いてあることを暗記し、受験して合格し、卒業し、よくわからないがスーツを来て就職し、毎日職場に出勤し、よくわからないが女性に言い寄られたのでセックスしてしまった、そしてよくわからないが向こうの両親に紹介され、よくわからないが結婚式になり、よくわからないが子供が生まれたので「家庭」ということらしい……という人が、実はすくなからずいるものだ/「膜から出してもらえたことって、この上ない"僥倖"なのよ、あなたは命の恩人だわ」と彼女は言った。

「膜」or「つながり」(下ネタじゃねえぞ)。

以前、「僕があなたを『オマエ』といい、僕があなたのこめかみをつついたら、あなたはとんでもないことを知る、それは単純で決定的なことだ」という話をしたが、何のことはない、そうして「オマエ」をはっきり呼び出されないと、人は生涯その膜の中から出てこないのだ。
僕はそれを悲劇とは思わなかったが、彼女は首を横に振り、「すっごくしんどいのよ」と言った、「そうなのか」と、僕はけっきょくそのことについてはわかってやれない(膜の中にいた経験が無い)。
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