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「敬(うやま)う」というレアな機能

でも学門・文化・芸術といったことを知っている。
知ってはいるが、それらを「敬う」かというと話は別だ。
誰でも「すごーい」と思うことはあり、「リスペクトします」ということはあるかもしれない、けれどもそれらの感心は、「敬う」ということとは性質を異にする。
「敬う」というのは、不思議な機能であり、不思議な現象だ、まったく思いがけないことに、この「敬う」のあるなしが土壇場で人間の行き先を決定する。

誰にでも「謗(そし)る」という機能はある。
そして、「謗る」の反対は「称賛する」だが、称賛することは必ずしも「敬う」ということには当たっていない。
誰でも、○○が好きかもしれないし、△△のファンかもしれない、けれどもいつのまにか、その中には「敬う」という機能の喪失が見え隠れしている。
「敬う」の反対は、おそらく「反論する」だ、その反論が後に解消されたとしても、おそらくその反論したという事実だけは消えずに残っている、「反論する」という行為は実はわれわれの知らないところで危険な宗教行為を含んでいるのだろう。

「敬う」とは、同意も反論もしないこと、また称賛も誹謗もしないことだ。

われわれはいつのまにか、納得のいかないことには反論する権利があると思い込んでいる、それは一般的には当然のことかもしれないが、別種のことには当然別種のルールがある、おそらく「敬う」とはその別種のことに向ける振る舞いだ。
われわれはいつのまにか、納得のいくことには同意する権利があると思い込んでいる、ともするとわれわれは、聖書や仏典に向けてさえ平気で同意や反論をする、われわれが自分の「納得」ばかりを最優先にするからだが、このことは実に危険な成分を不可視のままに含んでいる。

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