☆いい女☆で行こう!

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「血の騒ぎ」でするセックスのこと

くの女性が、セックスで自分の獣化を加速している。
男性が、女性の乳首やヴァギナに「興奮」するのは、単に性欲のせいじゃない、それら「粘膜」が血に近いからだ、粘膜に向けて「血が騒ぐ」ことが力動作用になっている。
そして女性の側も、「血が騒ぐ」ことがすべてになっているので、男性が自分の粘膜に「血が騒ぐ」ことを露骨に押し付けてくると、どこか「安心」するし、「自信」も湧いてくるし、メラメラと力も湧いてくるのだ、「肌が合う」気がする……だからこの「血が騒ぐセックス」がやめられなくなる。
これについてはさすがに、「やめとけ」なんて言っても無力だし、ただの無粋か野暮にしかならない、ただこころのどこかで覚えておけば、いつかのときに役に立つかもしれない。

「血の騒ぎ」でするセックスがどんな具合のものか、どういうはたらきかけが有効か、またどんな恍惚があるのか、それは僕だって重々知っている、それは単純な年の功の話。
だが結論から言ってしまえば、それらの恍惚と忘我の味、酩酊と陶酔は、けっきょくたいしたものではないのだ、言ってしまえばそれは割と安物の、最もありふれたセックスだと言える。
このご時世と社会不安に、肉の身から自信が失せていったとして、「血が騒ぐセックス」がいっとき自信(のようなもの)を回復させてくれるのはわかるが、それはけっきょく虚構なのだ、それで「女になった」というわけでもないし/山の中で修める学門のほうがはるかに本当のエクスタシーに近い。
僕は容赦なく申し上げているが、残酷なことを言っているのではない、粘膜に関わり血が騒いでするセックスは実は「定番」のもので、あなたが特別に持っている才能でもなければ、秘密でもないし、選民の何かでもない、あなたに鼻を高くする権利は未だどこにも与えられていない/自分にがっかりする義務の方はふつうきらいだ。

セックスのテンションが高いのではなく、学門への集中力がないだけだ。

単に血の気が多いだけのチンピラが、真正の剣士に勝てるとお思いか、真正の剣士はえげつないぞ、殺し合いを学門にしていて、何十年もその学門への集中力を切らさずに生きている/そこで「やぶれかぶれ」なんて誰にでもできる安物の極みだ。
「血の騒ぎ」でするセックスは、けっきょくのところ間違っていると言うしかなくて、それとはまったく異なるセックスがあることを断言しておく、そして多くの人はその異なるセックスに直面したら、怖くて田舎に帰りたいと感じるものだ、それが一番ふつうの反応だ。

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