☆いい女☆で行こう!

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学門万歳、勉強撤廃

「学門万歳、勉強撤廃」、これが我が党のスローガンである(出馬はしません)。
なぜ勉強撤廃かというと、勉強というのは「強いて勉める」ことだからだ、そういうシンドイことはよくない。
そういうことは、シンドイ上に、けっきょく学門にもつながらないので……その意味で学門をナメてはいけない、勉強なんかしていたら学門なんか身につくかよというぐらい学門はキビシイ。
次のように示されるべきだ、「勉強を忘れさせるのが学門である」、ホレこうすると、学門というのがいかにキビシイかが切実に伝わってくるだろう、ざまあみろという感じである。

つまり、たとえばマジモンの数学者は、数式を愛しているので、その愛のさなか、勉強なんてことはすっかり忘れているということなのだ、それぐらい学門はキビシイ。
学門というのは、形而上と形而下の、両方の世界を捉えるためにやるので、つまり「この世界」を識るためにやる、だから学門の識を学識という。
そうして学門でマジの学識が得られるためには、それが「お勉強」ではなく、マジの「世界への愛」にならなくてはダメだ、形而上と形而下の両方の世界を学門によって識る、識るほどに愛さざるをえない、そして「この愛があってこそ、わたしは存在できる」というところまで到達する、それでようやく学門だ。
学門は、物事に詳しくなるためにやるわけじゃない、そんなアホな動機はさっそく生ゴミに捨てよう、学門は「この世界」と愛し合った思い出を残すために身を投げ出してやるものだ。

学門とは、「知識に思い出が残る」ということ。

一つの数式とか、一つの文言とか、一つの術とか、一つの原理とか、なんでもいい、ただ「知識」だ、なんでもない「知識」に「思い出が残っている」ということ、それが学門に取り組んだ証拠、この世界と愛し合ったことの証拠になる。
誰でも生後六ヶ月までは、「この世界」の何もかもを見つめて、手を伸ばし、身を投げ出して学門をしていた、あの眼は「学門の徒」の眼差しなのだ、何かに詳しくなんかなりたくない、ただこの世界と愛し合うことだけがやめられなかった。

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