☆いい女☆で行こう!

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「しばく」ということ/三毒の拮抗阻害剤
、話を書く集中力がないのだが……(大阪出張中)
「しばく」という言い方がある、「しばくぞゴルァ」というときの「しばく」だ、この「しばく」という行為には、思いがけない実りがある。
男でも女でも、どこかで「しばかれて」きていない者は、役に立たないのだ、「しばく」ということから始まるものが明らかにあり、これがなくては始まらないという重大な事象がある。
「しばく」というのは、人が人間の道を進んでゆくのにとても重要なもので、しかもそれは、正しく用いられるときには暴力的でないものだ/暴力的になってしまうのはまだ「しばく」ということを上手にやれていないからだ、「しばく」の失敗例がただの暴力になるのだ。

端的にいえば、「しばく」ということが、人間の煩悩三毒の拮抗阻害剤になる。
煩悩三毒というのは、本当に体内に「分泌物質」のように駆け巡るのだ、この分泌物質に拮抗阻害する分泌物がなくては、人は三毒に対抗しようがない。
これ、本当にアホみたいな話なんだが、アホみたいに事実がそうなるのだ、「しばく」のが上手な奴が、襟首をつかんで「おいコラ」と気を入れると、それだけで相手は「しばかれた」ということになる、そのとき体内にワッと「しばかれた」の分泌物が放出される。
「しばく」、それは暴力ではなくて、劇的な信頼関係だ、「しばかれているのに暴力的でない」と直覚されることで、人は互いに「人間だ」という事象を識る、「しばく」ということが実は初期の第一に要るのだ、煩悩三毒が深くなってしまうと、もうこの拮抗阻害剤も効かなくなってしまう。

「しばく」が、「感情以上のもの」を初めてもたらす。

「しばく」を説明するのは困難だ、とんでもない怒声に張り飛ばされただけでも、それは「しばかれた」になりうるが、しくじればそこにはやはり暴力的な恫喝しかない。
よく、愛情を受けられなかった子供が、親に構われたくていろんな悪さをわざとすることがあるが、あれはいわゆる「怒られたい」ということではなく、正しくは「しばかれたい」のだ、人間として「感情以上のもの」を向けてはこないのか? ということを求めているのだ。
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