☆いい女☆で行こう!

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謹慎的平和の求める代償
阪には特に、その「謹慎的平和」のムードがある。
これがお隣の、兵庫県、神戸市だとほとんどそういうムードはなくなる。
京都は詳しくないが、京都でも市街地のほうでは、謹慎的平和のムードはあまりないように思える/なぜなら神戸でも京都でも学生は有意義に見えるからだ。
「謹慎的平和」の中では、特に学門が忌避され、学門の徒が差別されるムードがある/あなたの街では大学生が学門で議論することに鷹揚なムードがあるだろうか。

「謹慎的平和」の世界においては、実は伝統的なものはあまりない。
何というか、「謹慎的平和」の世界においては、「地域的なものが好まれ、普遍的なものが嫌われる」という特徴があるので、伝統というよりは地域的なものが保存されるのみであり、学門のような普遍的なものは忌避ないし弾圧される。
ちなみに「謹慎的平和」の世界においては、バリバリ男尊女卑の風習が保存されており、いきいきとした女は一人としていない、親が娘の進路や結婚相手を勝手に決めることなど平気で今も横行している。
つまり「謹慎的平和」の世界は、右翼や左翼さえない幕藩制の封建主義が継続されているということだが、なぜこれが地域によっては何の疑問も持たれずに継続されているのか、その理由はまったくのナゾだ、「地域」っていったいどうやって形成されてんだ?

謹慎的平和は、平和だが、謹慎中なので、愛や自由は許されない。

「謹慎的平和」の世界は、愛と自由と学門を「禁忌」にしているのだが、なぜそれを「禁忌」にしているのか、その理由はまったくわからない、何か深いところの利権と関わりがある気がするが、そんなところを正直ほじくりかえす気にもなれない。
「謹慎的平和」は、邪悪なのだろうか? 邪悪という感じもあまりしない、ただ隠れキリシタンを弾圧することが「正義」とみなされるヤバいムードはある、なぜこれが「地域」という単位で生じるのかは今のところナゾだ。
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