☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 「おびえ」と「しばく」の好い関係 | TOP | 命(めい)に仕え事を為す者は聖に至りおびえを償却する >>
ドラクエ(初期)の勅命と、FF10の血縁と、モンハンの業務

「ドラクエ」(初期)というと、竜王や魔王を退治して、世界に平和を取り戻すゲーム、と思われている。
が、実は違う、ドラクエ(初期)においては、主人公は、竜王や魔王を「倒してこい」と、王から命令(勅命)を授かっているのだ、実はそのことが物語の根底を形作っている/王から勅命を授かることで「勇者」になっている。
これに比べると、たとえば「ファイナルファンタジー10」は、王からの勅命など拝していない、だから登場人物が「○○の娘」とか「○○の息子」というふうに、物語の形成に「血縁」を取り込むしかなくなる、そのせいでFF10は不要に「お涙頂戴」の風味が強くなってしまっている。
「モンスターハンター」の場合はどうだろうか? もちろん王の命令などないし、血縁も見当たらない、だからこれは「クエスト依頼」をこなすという、「業」の形になっている、命令がないので「命」はない、それでゲームタイトルも「ハンター」と職業名を冠しているのだ。

これ、ドラクエ(初期)とFF10とモンスターハンターとで、意外に有為な類型を見つけることができる、これらゲーム世界の変化は実世界の「時代」の変化を反映しているのだろう。
つまりあなたは、「命を帯びた勇者」がいいか、「血縁でお涙頂戴」がいいか、「業務、業務、業務!」がいいか、どれを選ぶかなという類型だ。
われわれの社会には「王」はいないので、何かしらの「ボス」に仕えるか、そうでなけれは自らが「天命」を授かるかだが、とにかく「命」を授かっているという物語はこんにちとても少なくなった。
「血縁でお涙頂戴」は、両親が巨大な人物だったらまだ値打ちがあるかもしれない、「業務、業務、業務!」というのも、花形の業務なら悪くないのだろうか、まあとにかく、あなたの生きる物語の選択にもこの類型がきっと含まれている。

実は、「思い」は物語を創らない。

もし「思い」が物語を創るなら、誰でも人生は物語テンコモリのはずだ、だが実際にはそうならないので「思い」はハズレだ、人を愛するのだって本当にそのときは天命じみた命を受けている感触があるものだし、天命の感触なしには「愛する」なんてやりようがない。
僕は、血縁のお涙頂戴を、「物語」と言い張るのは好きじゃないな、かといって「業務、業務、業務!」というのもそのまま老化して死にそうなので……僕はエツィオ・アウディトーレと共にアサシン教団から密命を受けているほうがいいなあ。

視点変えてこ | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |