☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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記号とお勉強がきらいなあなたへ
間は数式を理解する。
……ように見えるが、本当は逆だ、人間は先に数学を「識る」のであって、識ったものを誰かが数式で表示することを発明しただけだ。
だって、そりゃそうだろ、まず数学を「識る」ことがなければ、誰が数式表示を発明するねんという話だ。
こんな話を、箱根の温泉宿から書き話すのはどうかと思うが/誕生日なので友人のアテンドで特級の温泉に連れてきてもらっています、大阪出張の疲労回復もかねて、ああたまらん。

たとえば「3+5=8」という数式がある。
この数式がなければ、3個のリンゴと5個のリンゴは、合計8個のリンゴとして存在しなかったのかというと、そんなことはない。
「数学」と呼ぶに相当する事象は「もともとある」のだ、誰かがそれを先に「識った」のであり、誰か賢人がその「識」を数式(記号の組み合わせ)の形で表記して人々に知らしめたにすぎない。
で、何が重要かというと、「記号の一切を表示しないで学門そのものだけを直接体得した人は当然いる」ということだ、楽譜がなくても音楽家は存在しえたように、学門は人間が説明する以前から存在しており、それが体得できるならもちろん記号表示は要らない。

学門は存在であり無記号だ。

記号を用いて表示するのは、学門そのものから「仮に」抽象要素を引き出して、説明のために表示したらこうなるわな、というだけのことだ、われわれがその記号を覚えて「勉強」をしようとするのは、その記号が偉いからではない、その記号を手掛かりに背後にある「学門」そのものへ近づこうというため、つまり学門が直接わからないアホ用に記号的説明が発明されている。
学門の世界へようこそ、記号とお勉強がきらいなあなたへ、もちろん優れた学徒のすべては、記号になんか頼っていません、学門の本質は「大いなる流れ」であって、記号はその証拠品として断片として現れるだけです。
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