☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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愛と学門と、世界と命と、聲と音楽と、そのコストについて
「愛と学門と世界と命」は、どれも同じ一つのものだ、と前に書いたと思う。
そこに、「聲(声:こえ)」と「音楽」も足していい、これらも合わせて一つのものだ。
われわれは、われわれ自身が言うところのギャーギャーと、プッシュと、こだわりと、主張を、愛していないのだ、それよりは音楽がいいと言っている。
われわれは人間として、「愛と学門と(以下略)」という一つのものを愛しており、われわれの内に棲んでいる「虫」は、そんなものを愛していない、虫はギャーギャーとプッシュとこだわりと主張に棲みつく、さまざまな論争がこの虫のレベルで起こっているので、われわれの周囲にある論争からは何の音楽も聞こえてこないのだった。

このところ、リアルな感じでいえば、多くの人はすでに「愛」とか「学門」とか「世界」とか「命」とか、あるいは「聲」「音楽」についてもそうだが、それらのものを実際「求めていない」という状態にある。
たとえば代表的に「愛」を、求めているというなら、それらしき話の糸口がありうるのだが、今はすでにそれは求められていないので、話の糸口自体がなくなってしまう/リアルな感じ、「愛を求めているんです」なんて高校生や大学生は今どき見かけないだろう。
今のところ、それを求めているどころか、それ以前に「興味がない」というか、ナチュラルに「興味がわかない」という状態にあると思う、そうなると、そりゃ興味の湧かないモンを求める気になんかならんわな。
僕が子供のころ、流行ったのは「キン肉マン」と「ビックリマンチョコ」だったが、そのどちらにも僕は興味がなかったな、そこには愛も学門もなかったから/僕はルパン三世が好きだった、そこには愛と学門があったから。

「愛」を求めていないということは、コストが掛かっているはずだ。

愛、学門、世界、命、聲、音楽というのは、どれも根本的にコストが掛からないものだ、なぜならカネを出したって買えないからだ、その他すべての趣味嗜好はカネを出せばあるていど買えると思うが、そうなるとカネに依存せざるを得ない、そのことは常にあなたを根本的に不安にしているだろう。
たとえば四畳半の部屋があって、男女四人がせまっ苦しく暮らしていたとして、しかしそこに鮮烈な愛と学門と、世界と命と、聲と音楽があれば、それはむなしい暮らしではない/興味が湧かないものを強いて推すことは不可能だが、根本的なコストが違うということぐらいはアナウンスできるだろう(今箱根の温泉宿に来ているが、これは誕生日ということで友人のオゴりだ、恐縮はしない)。
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