☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 叡智がない偽りの聖域 | TOP | 「叡智の人」と出会うまで、あなたにまともな人生が始まることは決してない >>
叡智というのは、チョーゼツ楽しい
「おびえ」を超克するideaは、叡智にしかない、これは鉄則だ、鉄則を丸暗記しておけば少しは賢くなる。
そして付け加えておくならば、叡智というのは、チョーゼツ楽しいとも言っておきたい、そりゃ僕のシュミもあるかもしれんが。
正直な話、僕は叡智に接触すると、とにかく女の子に抱きついていじくりまわしたくなるのだ、わけのわからん話だが、どうやら僕は感受性で女の子が好きなわけではないようだった。
「叡智」にこそ、真のハッピーがあるのは当たり前で、その果てしないハッピーが女の子含め、あちこちに向いていじくり回したくなるのだ、僕はあまり情欲とかそういうものに興味がない、女の子をかわいがるのに情欲が必要なんてそんなツマラン話に巻き込まれてたまるか、そんなものなくても女の子は圧倒的にカワイーだろうが。

今僕は、こうして文章を書いていたいし、アサシンクリードオリジンズの続きがやりたいし、コーヒーが飲みたいし(それはさっき淹れてきた)、散歩に行きたいし、ドライブにも行きたいし……という状態で、そのどれもが、爆発的なハッピーを有していて、頭が割れそうなぐらいに楽しい状態だ。
ふだんはいちいちそんなことを言わないが、それは、僕は基本的に生きている時間のほとんどがコレで構成されているため、この日常をいちいち言っていたらキリがないからだ、これはたぶん僕が特殊なのではなくて、叡智というのはもともとそういうものなのだと思う。
叡智によってなぜか何もかもがチョーゼツに楽しいということは、キモチの問題ではなく(キモチもあるが)、正直なところ全身の肉そのものがよろこんでしょうがない、破裂しそーだぜ、というのが実情だ、何か知らんが、僕にはもう何もかもよくわからんのだ。
僕にとって困難なことは唯一、「おびえ」を押し隠して何かにハマったり、逡巡したりしている人と、どう噛み合うかという方法論だけだ、方法なんてたぶんないのだが、そればっかりはどうしたらいいのかいつもわからん、もう何十年も「わからん」と思ってそのままだ、おれがおかしいのかもしれないがお互いに「そんなこと言われましても」という状態だな。

僕が「カワイー」と言うと、女の子が泣いて、しかしそんなことにキョーミも感慨もない。

かつて新宿歌舞伎町がアレだった時代、ヤク中の女を路地裏でたくさん見かけたが、ヤク中って本当に快楽なのかね? 見ているかぎり本当に楽しそうなのは誰もいなかったぞ、叡智なしにクスリやホルモン物質ごときで本当に楽しくなれるのかね、それってキョーレツな「気のせい」にすぎないんじゃないか(それで身体を壊した人には大変アレで申し訳ないが)。
「おびえ」を真に超克して焼却していくメドが立たんうちは、本当に楽しくはなれっこないというのが、理の必然だと思うが、どうだろうか、僕の知能があなたより低いのは認めるが、そもそも僕は自分の知能なんぞ使うつもりがないからそこで張り合っても意味がないぜ。
恋女のマインドね | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |