☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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「ヘヴィなくせに浅い」および「イージーだが深い」ということ
げさにしないこと、重大なことは何もないということ。
こんなことをスローガンにするのもとてもヘンなことだがな。
勉強したり受験したり、進学したり就職したり、仕事したり創作したり、結婚したりと、人それぞれに色々あると思うが、それらのどれひとつも「重大」ではないということ。
なぜなら個人的な、一身上の何かであって、われわれの個人に「重大なこと」なんて起こらないからだ、何かが重大に思えたとしたら、それは自分が自分だけを勝手に重大だと思い込んでいるからだ、自分には重大な何かがあると思い込んで、一人だけ血相を変えているにすぎない、それはひどい痴態と迷惑と喧噪の罠になる。

生きているうち、何もかも、そんなに悪いことではないし、小さくとも素敵なことは色々あるのに、それを「重大」と思い込むことで、滋養は薄まる、思い込みと気負いが乗れば乗るほど、物事の滋養は薄まっていくのだ、何もかもを「重大」と反応することで、何もかもが逆にスッカスカになってしまう。
この「重大思い込み主義」によって、現在、何もかもが「ヘヴィなくせに浅い」という状態になっている、本来はその逆、「イージーだが深い」という状態にならないといけない。
なんというか、たとえば「わたしは彼のことを愛しているんです」というとき、その思いはとてもヘヴィなのに、「愛している」という実態はとても浅いのだ、本来はその逆、「愛している」という思いなんかイージーに五分ごとに湧いてきていい、それでいてその「愛している」という実態は軽口の向こうに深くないといけない。
たとえば僕とあなたが共に小説を書いたとしたら、小説を書くということはあなたにヘヴィな思い入れを持たせるだろう、しかしその書かれた小説の実態が僕より深くなるということはありえない、自慢じゃないが僕は小説その他を書くということに思い入れなんか持ったことはない、安造りの演出マンガのせいで誤解しているかもしれないが、重大ぶっているということはただちに「浅い」ということだ。

ヘヴィなの、じゃあ何にもならないよ。

映画「アルマゲドン」では、有名なエアロスミスの歌が流れるのだが、かつて「郵便配達は二度ベルを鳴らす」等の映画では、そんなド派手な音楽は流れなかった、この現代の過剰演出が人々の知性を「重大病」に罹らせている/「アルマゲドン」、決してきらいな映画ではないんだけどね。
一般に、無能さと大げささは比例すると見てよく、重大ぶる人は行為や出来事のすべてをますます加水して薄めていく、よって結果的に、重大ぶる人は毎日が重大で、かつ五年後も十年後も何一つ変わらず、何一つ得られていないというところに行き着く。
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