☆いい女☆で行こう!

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「困難」なこと、その壁にぶち当たること

所に「あなたも陶芸に挑戦しませんか?」みたいな広告が貼り出されている。
こんなことを、いちいち真剣に考えるのもどうかと思うが、そういった習い事に「挑戦」ということは、人にたいしたものをもたらしはしない(当たり前だ)。
なぜそういった「挑戦」がたいしたものをもたらしはしないかというと、それは、「困難に挑戦する」ということではないからだ、一般に「陶芸に挑戦する」ということは、「ここ数年、没頭し、数千回は立ち向かったが、すべてまったく歯が立たなかったよ」というような次元のことを指してはいない。
だが、人は誰しもせっかく生きているのだから、願わくば生きているうちに、「困難」に挑戦することがあるほうがいいと思う、なぜなら、真にすばらしいことのほとんどは、途方もなく困難なことばかりだからだ。

人がすばらしいことに向かうということは、必ず、生々しい「困難」に向かうということだと言っていい。
もし、容易なことですばらしくなれるのなら、万人がすばらしい生を送ることができるはずだが、残念ながらそうではないのだ、すばらしいことは必ずとても困難であり、すばらしいことのすべては手にできる人が限られている。
「そういう、難しいことはなあ、ワシには無理やで、できる人はすごい人なんや」と、見切って清々しく生きていくという道もある、それはそれですばらしいことだと僕は思う、が/それが「すばらしい」ということは、そうして清々しく見切って生きるということ自体が、とても困難だということだ、多くの人はそんなステキな見切りはつけられず、こっそりすべての「困難」を見ないフリをして生きていくことになる。
単純な選択として、すべからく、若い人は「困難」に挑戦すべきだ、その困難とは学門・文化・芸術のどれかに属しており、困難ということは高コストを掛けるということじゃない、「大変なこと」に挑戦するのではなくて、「難しすぎること」に挑戦してヒーヒー言うのだ/その挑戦から毎日逃げずに生きていくことは、あなたに誇りを与え、あなたを力みから解き放つだろう。

「難しすぎて草も生えない」と言え。

大事なことは、「困難」に直面すること、壁にぶち当たるのだ、この「壁にぶち当たる」ということをナシに生きていくと、人は卑屈で力んだものになってしまう。
人が本当に笑って生きてくためには、壁にぶち当たり、何百何千と果てしなく向かってみて、ついに突破するか、ついに「いやあ、ダメだわ!」と痛快に降参するか、どちらかしかないのだ/「難しすぎワロタ」「えぇ……こんなことできる奴マジでいんのかよ……」みたいに打ちのめされるのは、本当に笑って生きていく道の入口だ。

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