☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 向上心と入門の背反 | TOP | 元々あった一番まっとうなこと >>
永遠無敵のワタシスタンダード

面に陰毛が生えているようなアホでも、たとえばバーンスタインの演奏について「評定」をすることができる。
インターネット上にあるレビュー等にはそういったものがあふれかえっているだろう。
そういった「評定」はつまり、自分が「門外漢」だからできることだ、門外漢は永遠に無敵のワタシスタンダードを持っていると考えていい。
とはいえ、何かに「入門」したら即、「お前ぜんぜんダメじゃん」ということになる、それは何に入門しても変わらない、何に入門してもその道の先達に向き合わされると「あわわわわ」となってお陀仏だ、バーンスタインを評定する顔面陰毛は、おうおうにして玄翁でクギをまっすぐ打つことさえできない。

料理人は料理人、大工は大工、学者は学者で、自分のくぐる「門」は人それぞれになる。
これらの門をくぐった人は、そのジャンルに関わらず、毎日「あー難しいなぁ」という問題に直面させられている、どういう難しさに直面させられるかが、その門の違いであると考えて差し支えない。
ここで、たとえば一流の料理人と一流の音楽家は、話が合うし、互いのことをよろこびはしても、互いに「評定」ということはあまりしないのだ、「評定」にシュバるのは何の門もくぐったことのない「門外漢」だ、門外漢は毎日何も「難しいこと」に向き合わない。
永遠無敵のワタシスタンダードにある甘みにハマった人は、今さら何かの門をくぐろうとしても、門をくぐればただちに「最低クラスの初心者、入門者」になってしまうので、気に入らない、それで自ら自分を破門にするというか、「その道は捨てた」というふうになり、まあなんだかよくわからない毎日になっていく、道を捨ててしまえばまたワタシスタンダードが恢復していられる。

毎日「難しさ」にフラフラになっている人は、評定の虫が騒がない。

なぜなら、毎日「難しさ」にフラフラになっている人は、ワタシスタンダードに生きておらず、何かしらの「門スタンダード」で生きているからだ、そういう正統のスタンダードに照らされて生きている人は、毎日が「難しいんぬぉぉぉおほおお」という状態であり、正直オシャレな評定なんかブッかましている余裕も発想もないものだ。
永遠無敵のワタシスタンダードにいる人は、フィギュアスケーターが四回転のジャンプで転倒することには厳しい評定をするのだが、自分の作るホウレンソウのおひたしについては「これで十分でしょ?」と絶対合格を押し通すのだ、こんなアンバランスなバケモンになってはいけない。

できるオンナだね | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |