☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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この世に不正のない企業は存在しない
れわれは、何かに恐怖し、不安がり、つまりビビりながら生きているわけだが、突き詰めるところ、自分の出来が悪いからビビっている。
自分の出来が悪いからこそ、「ちゃんと生きていけるだろうか」「こんな悪いことして、報いがあるんじゃなかろうか」「わたしのやっていることは本当に正しいのだろうか」と、ビビリ続けねばならないわけだ。
しかし僕が思うに、われわれの出来の悪さは、どうせ生きているあいだに解決しない、だからもう、不安や恐怖があることについては諦めるしかない、ずっとそれは「ありき」でいくしかないのだ。
悪いことをせずに生き、絶対正しいことだけで生きていけるような人が、いるわけがない、われわれはニワトリを殺して油で揚げて食うし、アフリカ人の賃金が安いと知れば安値でコキ使って自分はテレビを観るのだ、部屋に虫が出たらサッと殺しもするだろう、こんな中で「絶対正しいことだけ」で生きていけるわけがない、出来のいい自分なんて根本的にムリだから諦めるしかない。

ただ、僕が思うに、悪いことは悪いこととして、そのまま曲げずにおくのがいいと思うのだ、曲げて正当化するようなことはあまりしないほうがいい。
たとえば、「落第しないようにカンニングした」というようなことは、どう考えたってイイコトではないに決まっている、そのことを「だってみんなやってるじゃん」というような形で、ごまかさないほうがいいんじゃないか、それよりは「ふへへ、やっちまいましたあ」と引き受けているほうがはるかによいと思う。
出来の悪いわれわれは、ずっと「誰かなんとかしてくれ〜」と助けを求めながら生きていくしかないのだろうし/何しろどうにもできないことが多すぎる、こんな中で「自分でちゃんとしたら自分は全部正しくできる」なんて思い込むのは前提として無茶がすぎるのだ、誰だそんなムチャクチャな前提を持ち込んだ奴は。
われわれは誰しも、不正をしまくって生きているので、せめてその不正を、裏帳簿にちゃんと残しておくほうがいい、その焦げ付き債務はどうせ「誰かなんとかしてくれ〜」にしかならないが、この世に不正のない人間や不正のない企業なんて存在しないのだ、その不正を抱えたまま、それでも「何か少しマシ」なものになるようせいぜい努めていくしかない。

戦争に反対し、差別を否定し、正直に納税し、ヴィーガン(菜食主義)になったところで、われわれは不正のカタマリだ。

たとえ子供を5人育て、なおチャリティーに参加し、医療や教育の職に就き、植樹を推進し、違法や不倫を自己に禁じたところで、それはせいぜい「立派」というだけで、不正のない人間になれるわけではない。
僕が思うに、せいぜい「立派」ということだけで、傲慢になってあたかも「不正のない聖なる人間」のふうに自己を認識することのほうが、何かヤバい罪があるような気がする、だいいち自分を聖としてその他の人を邪と見るようでは、それがサイテーの差別だし、そんなていたらくでカミサマにタメ口を利くようなことは、きっとあまりよくないのだ/神戸製鋼のありようを嘆くのは誰にとっても自然なことだが、それをもってまるでわれわれには「不正がない」と思い込むことはいかにも愚かすぎるので気をつけよう。
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