☆いい女☆で行こう!

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タメニ理論4
メニ理論は、今夜見つかったもので、この時点ですでに僕の友人らに広く受け入れられ、非常によろこばしいことになっている。
こんなものが、いきなり天啓じみて降ってくるようでは、おれの普段の努力はなんなんだと言いたくなるが、まあしゃあない、結果オーライを目指すしかない。
結果オーライを目指すこととして、こと「タメニ理論」に関しては、少々のオカルトもやむなし、人が「タメニ行為」をするとき、人は「タメナー」になり、そのタメニ行為には独特の「タメニエネルギー」が乗っかると(それは魂魄的なものだ)、いっそ信じてしまったほうがいい。
このことには、先に奥義もあるのだが、ひとまず奥義のことより、もっと手前のわかりやすいことが語られるべきだろう、少々のオカルトを許容して捉えるぶんには、このタメニ理論は非常にシンプルでわかりやすいのだ。

たとえば僕が、自分で飲むためにコーヒーを淹れたとする、そのとき友人が、「一口飲ませてくださいよ」と言ったとする、僕はそのとき、「いやちょっと待ってくれ」と言いたくなる。
なぜかというと、もちろんコーヒーなんか横取りしてくれていいのだが、そうではないのだ、そのコーヒーは僕が自分で飲むのに淹れたものなので、お前の「ために」淹れていないということが引っかかる、「飲むのはかまわんが、これをもっておれのウデマエを評価しないでくれ」と強く主張したくなるのだ。
僕が自分で飲むのに淹れたコーヒーと、誰かの「ために」淹れたコーヒーとでは、味も品質も決定的に違うのだ、それはもういっそ、「これにはタメニエネルギーが入っていないから!」と言いたくなる、だって本当に根本的に違うモノになるのだからしょうがないのだ、証明はどこかの科学者が未来でやれ。
僕が自分用に作った料理と、誰かの「ために」作った料理とでは、味が違うのだ/「タメニ」が入っていない料理は、どれだけおいしいふうに感じられても、そこから「世界」が感じられない、そして「世界」が得られない物をいくら摂取しても、われわれにとっては何の意味もないのだ、たとえそれがどれだけ高級な上物であってもだ。

「タメニ」というのは、本当にある。

あなたが僕にコーヒーを淹れてくれるというとき、あなたが僕の「ために」コーヒーを淹れてくれるのでなければ、あなたはただの自動販売機か、ただのコーヒーサーバーだ/「タメニ」というのは本当にあるので、まあ鵜呑みにしてやってみるしかない、「タメニ行為」は割と集中力のいるもので、ふだんからやっていないとすぐ途切れてしまう。
実際おれが料理を作ったら、どいつもこいつも狂ったように食うじゃないか、あれを食った奴は信じる義務があるだろう、あれはおれが料理オタクということではまったくなく、ただお前らの「ために」作ったから、「タメニ」が入っているというだけだ、訓練によって、その投入される「タメニ」の量が違うというだけだ(ただし単純なウデも悪くないので、そこんとこも称賛するように)。
正しく見ないとな | comments(1) |
コメント
感覚的にとても理解できました。
私は人が作ってくれた料理が大好きで、とても美味しく感じます。
(私の料理のウデがあまり良くないのかもしれませんが…。笑)
根本的な何かが違うような気がしていたんです。いつも不思議に思っていました。
秘密はタメニ成分だったのですね。

一文一文を噛み締めながら読み進めたいと思います。
ご自愛ください。
2017/12/12 7:19 PM by kay
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