☆いい女☆で行こう!

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人類が繰り返す、「ひとつになりたい」ということ

このところ、話が壮大になりすぎて申し訳ない、僕もさっさとやめたいのだが……
人類は、「ひとつの絶対的なものを見上げて、<<みんな>>でワーッとなりたい」ということを繰り返している。
人は、「みんなでひとつになりたい」のだ、けっきょく誰もこの法則からは逃れられない。
お祭りは基本的にそうだし、ナチスドイツだってそう、学生闘争もそう、オウム真理教もそう、オリンピックもワールドカップもプロ野球も、今あるアイドルオタクのブームもそうなのだ、「ひとつの絶対的なものを見上げて、<<みんな>>でワーッとなりたい」、人間はどうしてもみんながひとつになるアンサンブル(合奏)をしたいのだ、だから人類の繰り返しを上から笑える人なんて一人もいない。

この「みんなでひとつになる」ということが、正しく成り立つのはとてもむつかしく、だからこそナチスドイツとかオウム真理教とか、明らかに悲劇を生んでしまうものも出てきた。
「みんなでひとつになる」ということが、なぜ難しいかというと、正しくは「ふざけて始めたことが、知らぬ間に神聖さに引き込まれていく」という順序でしか起こらないからだ、たいていはその逆になってしまう。
つまりたいていは、「マジメに始めたことが、知らぬ間に邪悪さに引き込まれていく」という順序で進んでしまう、このことにはそのまま、二重になった難しさがある。
まず、神聖さに素質がある奴がもともと少ない上に、その素質のある奴が「ふざけて」何かを始めるということはさらに少なくなってしまう/ほとんどはその逆、邪悪さの素質がこっそりあった奴が、「大真面目に」何を始めることになる、だから正しく「みんなでひとつになる」というのは、実際にはほとんど起こらないのだ、残念。

「神聖な奴」が1/100、「ふざけて始める」が1/100、「邪魔しない」が1/100なので、みんなでひとつになる可能性は百万分の一だ。

せめて「神聖な奴」が1/10、「ふざけて始める」が1/3、「邪魔しない」が1/2ぐらいなら、成立の可能性は1.7%ぐらいあるのだが/この割合数は時代と共に変動するし、教育環境によっても変動する。
99/100、誰でも自分は神聖なつもりだし、自分は愉快なつもりだし、自分は人の邪魔だけは決してしないつもりなのだが、おそらくそういったことは本当はカンタンじゃないのだ、それがまるでカンタンなことのように教えられている時代と教育環境が、よけいに悪く響いているのだろう(と、たまにはマトモなことも言ってみるのだ)。

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