☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 「指導者はレーニン」というナゾの話の続き | TOP | 女神と光と赤紫の遠い空(風景は無限にある) >>
「指導者はレーニン」というナゾの話の続き2
子さんは、豊かな未来のために、就職活動をがんばりたいと思った、それで面接の指導を受けてみたが、「声が暗すぎるな」という指摘を受けた、「もっともだ」と理解したA子さんはそれを改善しようとするが、やってみても明るい声の「ふり」しかできず、何かヤケクソになった子供のような声になってしまうことを、自分で恥じた。
「まあ、本当に明るい声で明るく話せるよう、根本的な努力をするしかないな。しんどいことだと思うけど、ここでそれを手に入れたらさ、この先ずっと、あなたは明るい声で話せる人になるわけだから。この機会になんとかしていこう」
指導してくれた人は、まっすぐなこころでそう言ってくれたし、A子さんは何も不満でなく、「まったく言うとおりだ」と思った/自分の声の暗さにはこれまでにもこころあたりがあったし、これから先ずっと明るい声でゆけるのならば、なんと素敵なことだろうと思う、そういうことが本質的なことだとA子さんも思う、「こういう機会に改善しないと、もう改善する機会なんてないもの。ほんと貴重なこと」とA子さん自身も後にツイートしている。
にもかかわらず、A子さんの内心には、正体不明の「もやもや」、そして破裂しそうな何かの「ムシャクシャ」が起こる、A子さんは「なんなんだろうこれ」といつも思いながら、すでにこれに慣れているのでもある/俯いたままになっているA子さんをいぶかって、「……どうしたの?」と指導員、しかし「なんでもないです」とA子さんは答え、指導室を出て行った。

A子さんはしばしば、「この人の声は明るいな」という人を、動画サイトなどから探し、また簡単な発声練習のやり方も調べてみた、参考資料も練習方法も十分に見つかって実にありがたいことだと思う。
しかし、いざ実際に声を出して、面接の練習をしてみようとすると、数秒も経たぬうち「ムシャクシャ」が起こる、まるで条件反射のように/この「ムシャクシャ」が生理的に負担すぎて、A子さんは練習ができない、意欲はあるのだが練習をすればするほど「ただイライラして疲れる」ということを重ねる、そのうち面接会場に行くにも気が滅入ってきて、そもそも「豊かな未来に向けて就職活動をがんばる」ということ自体がイヤになってきた。
何が起こっているのか? A子さんの内部、自覚もないような深部の構造で、「どうして自分だけこんなに苦労しなきゃならないんだろ」「こんなのあっさり出来る人もいるじゃない、なんかそんなのズルいっていうか、不平等すぎる」「こんな初めから決定的な差がついてるんじゃ、けっきょく勝てないに決まってるじゃん」という声がぼやいている、「こんなの、誰かわたしのこと褒めてくれないと、身がもたないよ」という気がして、A子さんは高校時代の卒業アルバムなどを取り出して見ていた、そうすると少し元気がでる気がした。
「あー誰か、わたしにこういう仕事をしなさいって、いっそ命令してくれないかな。単純作業の仕事でもいいから、あなたはこれをしたらいいよって、そうしたらわたしがんばれるのに」

気づくとA子さんは、努力と研究の先に、「卑屈さ」を手に入れていた。

就職活動の結果はどうあれ、こうしたことの繰り返しから、A子さんは「あーこういうのはわたしはムリ」というパターンを見抜くようになっていった/そして「これ以上卑屈になりたくない」という感覚から、根本的なことへ努力することはむしろ「やってはいけないこと」なのだと定めるようになっていった。
A子さんは、身についた卑屈さをなるべく人に見せないように、明るく普通の「問題ない人」として振る舞うようにしている、たまに先輩はA子さんに「もっと前向いて歩いてゆきなよ」と言った、そのときA子さんは内心で(それわたしムシャクシャしますよ)と思うようになってしまった、暴力的に――/そうして「不穏」が生じることを周囲は次第に覚えてゆき、誰もA子さんに向けて深入りすることは言わなくなっていった。
正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |