☆いい女☆で行こう!

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妄想のセンス

「妄想」、国語としては正しくは「空想」だが、まあ一般的に言われる「妄想」ということを、男女ともよくする。
「誰だって好きに妄想する権利ぐらいあるんだから、妄想ぐらい好きにさせてやれよ」という温情派の意見に、僕も与するものだが、どうせならということで、自分を悪化させない妄想の「方向づけ」ぐらいは知っていていいように思う。
妄想するにもセンスというものがあり、たとえば、「ヌフォ、○○タンは小生のこころを抉りにくるでござるな、正直マイッタでござるよ、さあ課金せずにはいられない」みたいなもの、これはサイアクだ、課金が悪いのではなく発想のパターンがサイアクだ。
なんというか、厳密には妄想がキモいのではなくて、妄想の中で「あっさり鼻の下を伸ばす」というのがキモいのだ、これは男女ともやめておいたほうがいい、妄想はいくらしてもいいが鼻の下を伸ばすのは禁止だ、それは妄想以前に頭がオカシイのを自分でパワーアップさせてしまうからだ。

僕は世代的に、「ときめきメモリアル」を皮切りとしていわゆる「ギャルゲー」が隆盛を極めた時代を過ごしてきた者だから、よくわかるのだ、同じ妄想といっても良性のものと悪性のものがある。
「女の子が(男の子が)かわいい」という妄想はいい、が、そのかわいいものが自分に無垢に親しげに好意をもって無防備に迫ってくる、そしてブフォとなる、という妄想のパターンはやめることだ、なぜやめなくてはならないかというと、頭がオカシイからだ、「そんなことあるわけないだろ」と言わねばならない、「かわいい女の子」を妄想するのはいいが、それが自分に迫ってくるのは「そりゃないわ」と冷静に判断しなくてはならない。
妄想してよいのは、「そういう女の子がいた」というところまで、そこを逸脱して「ボクちんと○○タンの関係は〜」という妄想に入る奴、これはダメだ、「ボクちん」を含めて妄想するならもっと別の方向で妄想すること。
特別に無垢で、かわいい○○タンがいたなら、その世界の中で自分はひっそり、死ぬ気で努力して自分を鍛え、ぶっちぎりで優秀な人間になって、誰に知られることもなく男らしく生きたという妄想をしろ、「すべて、○○タンがいてくれたおかげだ」と、自分一人だけが知っているという、そういう妄想だ、そうでなきゃ自分が妄想の中の登場人物にもなれないだろう、妄想にもセンスを持て。

過剰報酬の妄想をするな、過剰努力の妄想をしろ。

女性の場合、「西園寺○○クン」とか「クリステナーデ・フォン・○○皇太子」とか、あるいはジャニーズの誰かでもいいのだけれど、それについて妄想するとき、○○クンがわたしに迫ってきてわたし「きゃああああ」とかいう、判断力の欠損した妄想をするな、妄想するというのは判断力を喪失していいということじゃない、妄想の世界を持っていいから、その世界の片隅で誰にも知られず取り憑かれたような努力をしろ、報酬の要らなくなった努力の化身たる自分を妄想しろ、それぐらいしか「○○クン」に恩返しなんかできないんじゃないのか。
萌えなるものが、拙者に向かってきてブフォ、というのでは、言ってみれば「妄想が足りない」、鼻の下が伸びるのは妄想が足りないからであって、何百倍もの力を持つ戦士に成り果てる自分を妄想すれば鼻の下が伸びるようなヒマはない、叡智の積み過ぎで木の葉に七色を見るようになった叡智のバケモノを妄想しろ、いかなる苛烈な訓練にも平然と向き合うようになった自分の妄想は、まだ妄想として良質のものだ。

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