☆いい女☆で行こう!

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サンキューとノーサンキューの狭間
者性、ということについて、まともなことを書こうと苦心している。
が、なんというか、無理デースという気がしてきたので、ひとまず諦めることにした。
他者性がないというのは、要するに、他人の「ノーサンキュー」を断じて認めないということに尽きるので、こんなもんどうしようもないのだ。
他人にノーサンキューと言われることが、「妥当」ではなく「不満」になるのだから、もうどうしようもない、ドラえもんでもやってきて世界征服でもしないかぎり解決しない、いや世界征服しても解決はしないだろう。

突き詰めるところ、他者性というのは、サンキューとノーサンキューの狭間に尽きる。
他人とサンキューの関係になれないのだ、そりゃ根本的に不誠実だからサンキューの関係にはなれっこないのだが、ノーサンキューグループの人は土台「誠実」ということを甘く見ているのだろう。
ノーサンキューグループの人はたいてい、自分が善意を押し付けたら、「善意」という威光によって他人にサンキューを強制できると思っているのだが、そうはいかないのだ、要を得ていない善意なんか誰だってノーサンキューだ。
欺瞞的、エセサンキューの中を生きたら、そりゃ報いがあるだろうというだけなのだが、まあそんな殺伐としたくはないし、何か本当にサンキューが交わされる中で死ねたらいいな。

サンキューの「タメニ」派、ノーサンキューの「ワタシ」派。

他者性、ということについて、まともなことを書こうと苦心していたのだが、ここにヒントがある、そうして自分には何の利益にもならんことに苦心したことがありますかという話。
僕がここに書き話すこと自体、誰かにとってサンキューになりうるかどうかが問題なのだ、他人にサンキューの関係を向けるのはそんなに簡単じゃない、誰か純喫茶のプリンでも食わせてくれ。
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