☆いい女☆で行こう!

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ゼロの術者(説明しない)
十年前、僕は自分があまりに女の子にモテず、死にそうになって、それでもなんとかならないかという最後の理知で、「何もできないのか?」「いや、おれは女の子を、笑わせることはできるはずだ」と考えた。
モテるとかモテないとか、自分がどうこうの一切を取り去って、ただ「笑わせる」ということに殉じきったら、そのことは不可能じゃない、ただしそこにはコンマ1パーセントの不純物も混じってはダメだった、完全に百パーセント「笑わせる」だけの存在にならねばならなかった。
そのことを二十年間続けてきて、それはずっと正しいと信じてきたし、今でもなお正しくはあるのだが、どうやらある地点で「満了」したらしい、僕がいつぞや「おれからのサービスタイムは終わりだ」と言い出したことと、この満了の到来は連関している。
僕が二十年間、女の子を「笑わせる」ということに徹するという、一種の「鉄の掟」のような中にいたのは、正しいということ以上に、僕にとって何かの償却、要するにカルマの償却だったらしい、それが今になって新しい徳性の証を得て、つまりそのことの償却は済んだということが身に現れてきている、こんなことがありうるとはさすがに当時は思わなかった(今も驚いている)。

何か、少し寂しい気もするな、この二十年間、自分をゼロに消しきって女の子を笑わせることが、僕の持ちうる最大の光だったから。
……とはいえ、ウテが落ちたとは思うなよ、別にウデは落ちてないしますます上がっているわい、そういうことじゃなくて、その「女の子を笑わせる」ということが、おそらく僕自身への「解決」および「足し」にはもうならないだろうということ、もうこのことさえやってりゃオマエはマトモだよと言ってもらえるステージではなくなったらしい。
面白いな、と純粋に思っている、つまり二十年もかけて「女の子を笑わせる」という償却の積み重ねがあって、これがいつかの瞬間に満了して、僕は次のことの償却に向かわされたのだ、つまり僕はまた何か新しいことを本質的にやらされることになる(あのときのような覚悟が今も持てるのかね、持てなかったら僕の生はここでオワリだ)。
もちろん人間のカルマなんてゼロにできようがないので、どれだけ償却しても次から次だ、これから何をやらされるかということは、おおよそ見当がついているが、これからはこれまでのような悲愴感を背負わなくて済むらしい、ただ考え方をガラッと変えないといけないので、しばらく不慣れな感じがするな(詳しくは恥ずかしいのでヒ・ミ・ツ)。

確かに、女の子に笑ってもらって、愛を恵んでもらうという夢は叶った。

本当に夢が叶ったのだから、それなりに立派なことなのかもしれない、「荒れた家族の中で姉から暴力を受けて育ったファミコン少年」という典型的な陰キャからスタートして、ここまで女の子に慕ってもらえるようになったのは、到達度としてはレアなたぐいだろう、そういったあたりを再確認して、誰でもいいので美女および美少女はおれのことを褒めるように。←いつものクセ
二十年前、僕は唯一の可能性にすべてをかけてみようと――数学的に――思って、「最底辺」の自分を定義し、いつのまにかそこにある光を知って、気づけばすっかりお気に入りでごきげんで生きてきた、正直その最底辺のままで満足だったのだが/この先は「ゼロの逆転」というようなことを考えてゆかねばならない、ゼロの術者なんだから……このこともいつかずっと先に話せるときがくるのだろうか。
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