☆いい女☆で行こう!

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或る法則(最大限の警報と共に)5
ういちど話をまとめておきたい/ある女性は「どう責任を取るの?」と突きつけられている感触がするという。
「どう解決するの?」ではなく「どう責任を取るの?」だ、つまり状況は分岐点をとうに過ぎ、resultの局面、報いがどのようにもたらされるかという局面に至っている/もう解決を考えるのはとっくに手遅れだといえよう。
当の女性の直観によると、「女性たちはこの国の男性たちを侮辱してメチャクチャにしてしまった」のであり、しかも「それで女性たちは自分たちだけおしゃれしていればいいと思っている」、そのことまで含めると女性たちはすでに「巨大な罪」を犯してきてしまったというのだ、よってもし来世というものがあるならば、女性たちはすさまじく罪業(カルマ)の深い世界に落ちなくてはならないことになる/もちろんこんなことは、ウソかホントかは誰にも証明できない、せいぜい誰しも「予感」ぐらいしかない。
僕は自分自身を含めて、現代男性はみな品質の低いチンカスで当然、「恋あいなんて高度な用途に堪えるわけがないだろ」と笑っていたし、ことあるごとに「男性の一人としてお詫びします」と低頭謝罪することを繰り返してきたのだが、その背後に女性の側の罪業がありうるという可能性についてはわずかも考えたことがなかった/女性の側の罪業なんて、男性の僕がわずかでも考えることではまったくないが、それでもこの新しい説を取り入れると、これまでに起こった不可解な現象がすべてビタッと整合して解き明かされるとも言えるのだ、それで僕はいささかビビりながらこの説を重く見ている。

単純にいうと、ごくわずかなパーセンテージだが、僕のことを「尊んで」くれている女性もいて、率直なところ彼女たちはまだ「生き残って」いる、つまり彼女らには心身や生活の荒廃が起こっていない/中には「何か少しでもあなたの身の回りの世話をさせて」とまで言う女性がいて、その女性はなぜかその一言ごとに心身を恢復するという不思議な現象がある、その現象は「目の当たりにする」というレベルではっきりと起こる。
逆に、先の記事で述べたように、[男性不信→軟化→慕情→攻撃→「対等」→妄想→修正→クラッシュ]という手続きで、僕を一方的に利用して自己を恢復し、慕ってきたくせに気分の調整に僕を攻撃し、「対等」を申しつけることを思いついて上機嫌になった後は、「相思相愛」を妄想して僕の人格をないがしろに悦に入り、それをなだめられ修正されると何かが瓦解してクラッシュする、それが急激であれば「クラッシュ」だし継続的であれば「荒廃」になる……という現象もある、これはつまり、こちらをやった女性は「生き残らない」と端的に言いうる、まともな生活とまともな健康状態に復帰するにはずいぶんな苦労をさせられることになる。
このことを、件の女性の直観に準じて、「女が男を尊ぶこと」によるカルマ償却と、「女が男を侮辱すること」によるカルマ増大との比較ということで引き当てれば、つじつまが合うのだ/こんな男尊女卑のキワミみたいなことを主張したくはまったくないが、この十数年(あるいはそれ以上)で目撃してきたいくつもの現象が、この構図にことごとく符合することを、今さら報告しないわけにはいかない。
またこれまでに、「男性を侮辱して愉しみ、自分はおしゃれして愉しむ」という女性のカルマがすでに蓄積している場合、この女性にはカルマの証として「人の話が聞けない」「学門の一切が身に入らない」「常に感情が奔騰して理性が役立たない」「心身が常にだるい」「刺激物の誘惑に勝てない」「声、顔つき、瞳、口もとが汚い」「身体に香気がない」「声や口調に抑えがきかない」「顔がいかつくなり、老いの印象が急速に進む」「日々ヒステリー気質が進行する」「気分屋、急に不機嫌になることを制御できない」「露出癖や自己承認欲求が病的衝迫力をもつようになる」「性的嗜好の変態化が止められない」等の懲罰的特徴が現れるようになる、いったんそうなってしまうともう説諭も入らなくなるので、荒廃の進行を止めることは非常に困難になる。

女性が「男性を侮辱し、おしゃれを尊ぶ」のは、気分爽快で「正義」だが、カルマは致命的に上昇する。

こんな男尊女卑のトンデモ理論などわずかも唱えたくないが、これまで目の当たりにしてきたことごとくの事象を整合して解き明かせる説を、報告しないわけにはいかない/そういえばかつて、「もう男性が、要らないってなったの」と泣きながら報告しにきた女性もあった、その涙がどういう意味のものなのか僕にはわからなかったが、今になって思えばそれは、大きな流れとしてのカルマ増大の道へ引きずりこまれたということの絶望の涙だったのかもしれない。
むろんここにおいて、男女平等やレディーファーストが「間違っている」ということではない、ただ男女平等とレディーファーストを実現するということには、「思ってもみなかった致命的なコストと犠牲を要するのかもしれない」という説が見つかっただけだ、つまり男性において生は無意味になり、女性おいて生活と心身は荒廃なりクラッシュなりするが、そのことを引き受けた上でなお追求しなくてはならないのかもしれない/とはいえ、こんな説を男の僕がいくら唱えても無駄だ、エマ・ワトソンあたりが言ってくれたらまだ効果があるかもしれない。
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