☆いい女☆で行こう!

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パーティ報告75(2)

形的な報告/今回は会場の都合で、二時間のカラオケから始まり、ダイニングバークライムで飲み、けっきょく朝まで飲み、一応そこでパーティは終了、といってもその後またファミレスに行ってしまい、その後さらに宇田川カフェ系のおしゃれなカフェに行き、夜の19時までくっちゃべっていた、つまり24時間ぶっ通しで遊んだ。
だって誰もくたばらないんだもの……今さら主張するのもしつこくてつまらんが、人は正しく遊べば24時間ぶっとおしでもヘーキなのだ、もちろんその後は全員が泥のように眠ったと思うが、その後はきっと「疲れた」ではなく「回復した!!」になっていると思う。
本来こういったことは、僕のような老人が牽引することではなく、大学生のお兄さんか社会人としてまだフレッシュな若手が牽引することで、僕のような老人がこれをすることは基本的には醜鬼の感じがあってよくない/といっても僕がすっこんでいても何も利益はないので、まあぼちぼちやることに決めている、24時間のうち23時間半は僕が話していた。
何の話をしていたかは、覚えてはいるが、思い出すのがメンドウだなあ……ということで、まあ何かとてもイイ話をしていた、というのはたぶんウソだが、まあつまらん話をしていたらさすがに24時間も無理だよ、つまらん話って24分だけでも相当ツライし疲れるものな。

「男性はゲジゲジ虫みたいなもの」という僕の主張に反論があって、7分に亘る討論の末、「知性のない汚辱ペニスオバチャンが迫ってくる感じ、と捉えるほうがふさわしい」という見方が提出された。
これは何も男性だけを非難しているのではなくて、「女性側も内実は似たようなもんだわ」という見方も提出されている、だからペニスが生えているという一点だけが状態を不均衡にしていると言える/ここでペニスの切除や本質的な改変は有為な一手だということが見えてくる。
ペニスの切除や改変、つまり「オカマが救世主たりうる」「確かに! オカマが女性を教育するほうがしっくりくる」ということ、ホモセクシャルが善の一手となりうるということ/確かに、全男性がホモセクシャルになればこの世のうっとうしさは大きく改善されるし、またそうした教育を初期のころからほどこして成り立たせていくのはまったく不可能ではない。
「ただ、今のこの話、古代のアヌビス神殿の中でやれって言われたらできないよなあ」「無理! そんなの絶対、呪われるか裁きが下って、わけのわからない奇病に罹って死ぬよ」「カミサマが見てたら絶対無理」「さっきからずっと見ているけどね」、キャー怖ーイ、ということで夜は更けていき、朝は明けて来、日は照って、夜のとばりは下りてきたのだった、ずっとジングルベルが流れていた。

女が知った男性=男a,男b,男c……と並べていったとき、有限個数の男性への知識の総和をもって、「男はクソである」と断言することはできない。

女性が生涯に一万人の男性を知ったとしても、それで「男」のすべてを網羅したとはいえないからだ、古代エジプトにも男性はいたし、2018年にも男性はいる/「男はクソ」ということは統計的に推定しうるだけで、しかもその統計の母体は現代の男性に限られている、だから実は「男」とは何なのか、それがクソなのか光輝あるものなのかは、けっきょく単純体験の蓄積からでは決定できない。
かといって、妥当をきわめる統計的推定を無視もできないのだが、それでもなお男がクソなのかどうか「わからない」というのが学門であって、しかしもしカミサマがいるとするならば、たとえばアヌビス神は男がクソか否かについて「わからない」とは答えないのだろう/ところで女のことを悪くいう男はゴミ確定なので七十年に亘りごはんに同量のトイレットペーパーを混ぜて食うこと、んなこたぁ男なら言われなくてもわかっているだろ。

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