☆いい女☆で行こう!

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「女心」の究極解[異なるg]3

代の男性の、尊厳に対するホロコーストおよびジェノサイドが、どのように起こったか、また今もどのようにして起こっているか。
それは平たくいえば、男性が女性の下僕、「glad製造機」になり果てているということだ、男性はもはや女性に対するglad製造機になることでしか、女性に近づかせてももらえないし、セックスもさせてもらえないので、しょうがないという状況にある、男性は今やglad製造機になるかホモセクシャルに転向するか、さもなくば自慰のマニアに耽るしかない。
女性は女心の上昇する先に、○○様という神聖なものを見据える、それはガガ様であったりマリコ様であったり、エリカ様であったり、典型的な「セレブ」であったり、今では(ブルゾン)ちえみ様であったりする/これらの「○○様」は、ただ「下僕を従えている感」によって規定されているのだが、これは「女心はglad下僕の獲得に向かう」と一般化していい。
一方、たとえばボブディランは下僕を従えていないので、ボブディランの言葉が女たちに伝わっていくことはない、彼がいかに偉大な詩人でありシンガーであったとしても「?」だ、それよりはブルゾンちえみ様の「男なんて」というネタのほうが女心には響く、ちえみ様がglad下僕を従えているからだ。

今、たとえばイケイケの二十一歳の女性がいたとすると、彼女は二十も年上の僕に対しても、容赦なく「glad下僕」を尽くすように、フルスロットルで要求してくる/本人は本当にノリノリで、イェーイと実際にいうし、僕のような珍しい方面での高性能を下僕にするのが「うれしくて」たまらないのだ、glad, glad, glad, イェーイ!!となる(本当になる)。
そのとき当の女性に、何の悪意があるのでもなくて、ただ「素直」に「自然体」で「あるがまま」、僕にglad下僕たるを要求しているのだ、別にそれは下僕を死滅させようという悪意があってのことではなく、ただただ「うれしい」という利益に純粋なだけだ。
僕のような初老の冷血漢でさえそうなのだから、温厚で善良な青年なんてもうひとたまりもないだろう、無限にgladを吸い上げられるだけの犠牲霊体みたいな状態になっているはず、セックスでさえ彼女にgladを献上する腰振り装置になっているはずだ、「こっちは虚無でヘトヘトの絶望感の中にいるのに、潤んだ眼で『大好き』とか言われるんですが……」というような恐怖体験を多くの男性が経験してきているはずだ。
そして、女性はやがて、そのパターン化したgladには飽き、gladではなくなるので、「あなたの男らしくないところに耐えられないのよ」とまずセックスの方面が破たんしてこじれる、まあ別れるしかないが、別れてもじきにどこかの男に言い寄られるとまた「glad!!」になるので、特に問題はない、女性はこのような形で女心に従っているのみで、男性に非道を為したとはわずかも思っていない。

言い寄られてglad、告白されてglad、プロポーズされてglad、祝福されてglad、ドレスを着てglad、新婚旅行でglad、新婚生活でglad、やがて「愛しているか」と言われると「全然? もうあの人はgladをくれないもの」。

彼女は別にインチキで生きているのではなく、愛とか「偉大なこと」とか、そういうことのほうがインチキだと感じているだけだ、自分が「うれしい」と感じること以上の偉大さなどありえないと確信しているにすぎない、だから本当に悪意はなく、本当に「ピュア」だ、この女性を否定できる文脈は男の側にも女の側にもない。
あるお調子者チンコAが、「キミかわいいね」と女の子Bに言っていたとする、そのチンコAと比べたら、まだこいつ(僕のこと)のほうがマシじゃないかとあなたは思ってくれるかもしれない、けれどもチンコAが「あなたに」、「キミかわいいね」と言った場合はダメだ、あなたは数回のうちにgladになり、僕のことなどただのめんどくさいカスに感じる、女心というのはそうして純粋に自己の「glad」のみを追跡する装置としてあなたの人格を支配している。

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