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女性の本質は猥褻物だ2

が下半身を丸出しで市中を歩いていると「猥褻物陳列罪」という罪に問われる。
男風呂でチンコ丸出しなのはかまわないが、女性もいる市中でそれをするな、不届きものめ、ということだ。
これ、男が猥褻物だから罪を問われるのではなくて、本当は、「女性は猥褻物に苦しめられるから」という理由で、罪と罰則がもうけられている。
どういうことかというと、市中で女性たちがオマンコを丸出しにして歩いていても、その猥褻力に男は「苦しまない」ということだ、男は猥褻力を暴走させる器官が胴体にないので、女性がおっぴろげにすることがあっても「まあ別に」ということで済む/女性はそうはいかないのだ、女性は猥褻力の器官があるせいで猥褻力そのものに強いおびやかしとダメージを受けてしまう、だからそんな余計なことすんなということでそれは犯罪と認められているのだ。

男が女性を猥褻な目つきで眺めるのは、根源的には、女性そのものが猥褻物であることによって起こっている。
もし女性がまるで猥褻物でないならば、男性はそもそも女性に猥褻な目つきを向けること自体が不可能なはずだ、たとえばオランダガラシの葉を見て「ハァハァ」となることは、よほど気が狂っていない限りは不可能になる、比べて女性というものは少し剥き身にするだけですぐに男を「ハァハァ」とさせる力を持っている。
元来、自己のうちに芽生えてやまない猥褻力に震える少女が、見上げる先、「春の力」にあふれる男がいるのを見て、やがて愛と尊敬と憧れがやまないということを、告白するのが恋あいの手続きだった/その後少女は男の「春の力」に手折られるが、春の力に手折られる中、少女は自分の身体がついに猥褻物としてではなく機能することを体験する、それは目の前の男の「春の力」があまりに大きく強靱だったからだ、そのとき少女はどうしても「まさか自分なんかが、こんな世界に入れるなんて」「わたしはこの人に助けられた」と感じる、少女は「春の力」が自分の猥褻力など踏みにじって通り過ぎていってくれたことに、荘厳と感謝を覚えて「ありがとう」と言う。
現代女性はつまり、「わたしあの人を、猥褻の道に引きずりこめると思う」という、媚びや色仕掛けへの自信と自負を隠し持って生きているのだろうが、それは単純に言って「筋が悪い」といえる、猥褻力を用いて頼りない男を得意分野に引きずり込めたとしても、その先に待っているのは猥褻力の王国で、そんなものはつまりサタンとベルゼブブの仕切る王国だ、その王国に力がないとはいわないがその自負を誇るというのは何か大きな勘違いがあるはずだ。

あなたは下ネタが得意なのではなく、チンコマンコが「下ネタになってしまう」というだけだ。

桑田佳祐は「マンピーのGスポット」を歌い、ジェームスブラウンは「ゲロッパ、セックスマシーン」を歌うが、これはロマンスの一形態であって「下ネタ」ではない、こういったものを「下品」と言う人もあるが、そりゃ当人がオカマか女性かの猥褻物だというだけで、自分のうちに蠢動する猥褻力を周囲のせいにしてはいけない。
「チンコマンコ」というのは、「戦争」というのと同じく、口に出して言おうが言うまいが、事実として存在していて、半ば世界を支配しているようなところがあるものだ/僕は脳波計をつけた上で「チンコマンコ」についてを聴衆に語ってもぜんぜんかまわないが、あなたは脳波計をつけて「チンコマンコ」について語る勇気があるだろうか、脳波計はピイイイイーって鳴るんじゃないのか、だとしたらどちらが本質的に猥褻物であるか、会場にいるあなたのご両親もバッチリ確認可能というものだ。

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