☆いい女☆で行こう!

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明確な「愛」と、間違ったしつけ

と一緒に歩いてくれた人は、知っていると思うが、とにかくもう散歩に連れられている犬がぐいぐい寄ってくる、しかも明確なラブをもって寄ってくる、「人なつこい」というのとは異なる次元だ。
なんかもう、あちこちで、一日に五回ぐらいグリグリ撫でてないか? そうして犬が人との邂逅を果たしていると、飼い主さんの側がホッとして、何かひとことふたこと、感謝を言い残していく。
高級マンションから出てきたキレーなおねえさんが、急に目を丸くして、少女みたいな顔になって(たぶん8〜10歳ぐらい?)僕のことを「ふわあっ」と驚いて見ていく。
ノリノリで遊びに来てくれたはずの子が、「おいで」と言われると、急に白昼夢みたいになって、ナマ肌で真剣に歩く、やっぱり生まれて初めてそうするという「少女」みたいな顔が出ている。

なぜ、そんなに直観にだけすぐれてるの、といつも不思議でならない。
そしてそれ以上に、それだけ見えているし感じているし、作用も及んでいるのなら、どうしてふだんはまったく違うところにいるの。
明らかに、何かに「つながった」という感覚だけバチコーンと感じ取っているくせに、どうして強固にふだんどおりのところへ戻っていくの/あなた三途の川でもわざわざ闇のほうへ歩いていくタイプか、目の前の光と香りと花に背を向けて。
そこに起こっているのは、愛だし光だし世界だし「あなた」なのに、どうしてそれらが無い「いつも」のところへ自ら戻っていくの、しかもこちらへ来たら来たで、なぜかこちらを破壊しようと暴れ回るしなあ、何か悪魔と契約でもしていてそちらを守っていく義理でもあるの? 目の前に来た電車のドアが開いているのに、けっきょく乗らないんなら、銀河鉄道でさえ何の意味もないぜ。

サイエンス特番用の証拠映像が撮れるほど、「愛」というのは明確な事象として現れている。

どうやってそれが届いているのかはナゾだし、届いたそれがどうやって作用しているのかもナゾだが、「届いていて作用している」ということはハッキリ見える、僕はもともとそのようでありたいと望んだわけだし、その夢はアホみたいにくっきりと叶ったといえるが……
人間が、散歩中の犬ちゃんぐらい、単純なら話は早いのにな/はっきり言ってしまえば、目黒区のキレーなねえちゃんでも、その瞬間は「グリグリ撫でられたい」と直観しているのだ、そりゃ同じ生きものなんだから当たり前だ、ただ現代人は間違った躾(しつけ)が施されているので、どんな愛を目の前にしてもそれに踏み出すことはしない、踏み出したとしたらそこで暴れて噛みつくように訓練されてしまっている、犬であれ人であれ、愛によってグリグリ撫でられるということが「生まれて初めて」ということはいくらでもあるのだが、そうしたものには断固として抵抗しなさいという間違った訓練が施されているのだ。

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